Last Updated on 2026年8月22日 by oba3
ブロックチェーン分析企業TRMラボ(TRM Labs)が、暗号資産犯罪におけるAI利用が過去1年間で40%増加したと報告した。重要なのは、AIを使った犯罪が何件増えたかという数字だけではない。文章作成、翻訳、偽画像、音声、本人確認用の偽装、脆弱性分析まで自動化できるようになり、一つの攻撃を追加で実行するためのコストが下がっている点だ。攻撃側が少人数でも大量の標的へ接触できるようになれば、取引所やウォレットは一度対策を導入するだけでは足りず、防御基準を継続的に更新する必要が出てくる。
何が起きたのか?
TRMラボが2026年に示したAI犯罪の採用指標では、暗号資産犯罪全体でのAI利用が前年比40%増加した。同社のAIイン・クライム・アダプション・インデックスでは、2026年の全体スコアが100点中54となり、AI利用が実際の犯罪活動へ組み込まれているエマージング段階に位置付けられた。2024年時点のスコアは約28だった。
犯罪類型によって普及度には差がある。詐欺ではAI利用が成熟段階に入りつつある一方、ハッキングやランサムウェアはエマージング段階、麻薬取引やダークネット市場ではまだ初期段階とされた。TRMラボによると、ディープフェイクやAIチャットボットなどが関係する暗号資産詐欺の報告割合は2022年以降で最大13倍に増え、2026年のディープフェイク詐欺による報告損失は、年途中の段階ですでに2025年通年を263%上回った。
なお、40%という数字は暗号犯罪全体におけるAI採用の伸びを示す指標であり、犯罪件数そのものが40%増えたという意味ではない。TRMラボは別の分析で、AIを利用した詐欺活動については過去1年間で約500%増加したとも報告している。指標ごとの対象範囲を分けて見る必要がある。
なぜ重要なのか?
AIは新しい犯罪をゼロから生み出したというより、これまで人手が必要だった犯罪を安く大量に実行できるようにしている。以前なら外国語で自然な会話を続けるために複数の担当者が必要だった詐欺でも、生成AIを使えば翻訳、人物設定、メッセージ作成を自動化できる。音声や動画の偽装も同じ方向にある。
これは犯罪の経済性を変える。攻撃者は一件の詐欺に多くの時間を使わず、数千件の小規模キャンペーンを同時に試し、反応の良い手法だけを残せる。成功率が低くても、追加の標的へ接触する費用が小さければ攻撃を継続できるためだ。
市場構造への影響
この変化は、暗号資産サービス側の防御モデルにも影響する。従来は既知のフィッシングサイト、特定の不正ウォレット、過去に確認されたマルウェアなどを検知することで一定の防御ができた。しかしAIによって文章、画像、ドメイン、偽の人物像を短時間で作り直せるようになると、攻撃者は一つのパターンを長期間使い続ける必要がない。
さらにAIは社会工学攻撃だけでなく、コードやスマートコントラクトの脆弱性探索にも利用され始めている。TRMラボは、北朝鮮系のサイバー攻撃者がディープフェイクを利用したIT人材の偽装、AIによる社会工学、脆弱性発見の支援などを使って企業やプロトコルを狙っていると分析している。
その結果、防御側も固定的なブラックリストだけではなく、取引行動、端末、ログイン、署名要求、資金移動の組み合わせから異常を判断する必要が強まる。守る対象はウォレットアドレスだけではなく、利用者が資金移動を決断するまでの一連の操作になる。
資金・規制・流動性との関係
TRMラボによると、2025年に確認された不正な暗号資産フローは約1580億ドルに達した。一方、不正活動が暗号資産全体の取引に占める割合は2024年の1.3%から2025年には1.2%へ低下している。市場全体が拡大する中で、不正資金の絶対額と市場全体に占める比率は別々に見る必要がある。
AIによって攻撃コストが低下すれば、取引所には本人確認だけでなく、合成された身分証明、ディープフェイク、乗っ取られたアカウントを識別する能力が求められる。ウォレット側でも、送金先や署名内容に異常があれば警告する仕組みが重要になる。コンプライアンス費用は一度払えば終わる固定費ではなく、新しい攻撃手法に合わせて更新し続ける運用費へ近づく。
初心者向け補足
ここでいう攻撃の限界費用とは、攻撃をもう一件追加するために必要な費用や作業量を指す。人間が一人ずつ相手へ連絡する詐欺なら、標的を100人から1000人へ増やすには多くの人員が必要になる。しかしAIが文章作成や会話を自動化すれば、追加の900人へ接触する費用を大幅に抑えられる。
そのためAI犯罪への対策では、利用者がAIか人間かを見分けることだけを目標にしても十分ではない。送金やウォレット署名の直前に、相手先、権限、金額、契約内容を確認できる仕組みを置き、偽装に成功されても資金移動まで到達しにくくする設計が重要になる。
Web3Timesの視点
AI犯罪の本質は、犯罪者が高度なAIを持ったことではなく、従来は人件費や技術力によって制限されていた攻撃を反復する費用が下がったことにある。成功するか分からない詐欺を大量に試し、標的ごとに文章や人物像を変え、脆弱性探索まで並行して行えるなら、攻撃側は規模を拡大しやすい。
一方、防御側には本人確認、法令対応、誤検知への対応、利用者保護といった制約がある。攻撃者が数分で新しい手口を作れるのに対し、金融事業者は安全性を確認してからシステムを更新しなければならない。この速度差が、AI時代の暗号資産インフラにとって大きな課題になる。
今後見るべきなのは、AI犯罪の報告件数だけではない。取引所、カストディー、ウォレットが行動分析やリアルタイム検知をどこまで標準機能へ組み込み、攻撃の大量生産に対して防御側も自動化できるかだ。AIによって攻撃の限界費用が下がるほど、安全性を維持するための競争は、資産を保管する技術から異常を早く発見する能力へ広がっていく。
