Bybitが北朝鮮とLazarusを提訴し盗難資産の凍結命令を確保、暗号犯罪対応は追跡から民事手続きによる回収へ広がる

Last Updated on 2026年8月11日 by oba3

暗号資産取引所バイビット(Bybit)は2026年8月7日、2025年2月に発生した約15億ドル規模の暗号資産流出事件を巡り、北朝鮮、同国の情報機関である偵察総局(Reconnaissance General Bureau・RGB)、ラザルス・グループ(Lazarus Group)を相手取り、米コロンビア特別区連邦地裁へ民事訴訟を提起したと発表した。さらに裁判所から、盗難資産を保有または移動しているとされる身元不明の個人・法人を対象に、特定された資産の移転や散逸を禁止する予備的差止命令を得た。今回の焦点はハッキングそのものではない。盗まれた暗号資産をオンチェーンで追跡した後、取引所やカストディ企業による凍結と裁判所命令を組み合わせ、法的に資産を保存・回収する経路を構築できるかにある。

目次

何が起きたのか?

バイビットが今回提訴したのは、北朝鮮、偵察総局、ラザルス・グループだ。米当局はラザルスを北朝鮮と関連する攻撃主体として位置付けており、バイビットも2025年2月21日に発生した約15億ドル相当のイーサリアム(Ethereum)などの盗難について、同グループによる攻撃だったとしている。

今回特に重要なのが、訴訟と同時に予備的差止命令が確保されたことだ。命令は、事件に関連する特定の盗難資産について、保有または移動している身元不明の個人や法人をジョン・ドウ被告として扱い、訴訟中に資産を移転、売却、散逸させることを禁止する。

ここで注意したいのは、裁判所が北朝鮮国内のすべての盗難資産を直接凍結したわけではない点だ。対象となるのは、追跡によって特定され、裁判手続きの射程に入った資産や、それを保有・移動している主体である。裁判所は予備的差止めの段階で、バイビットが本案で成功する可能性を示したと判断した。

バイビットによると、2025年2月の事件以降、ブロックチェーン分析企業、暗号資産取引所、カストディ企業、各国の法執行機関と連携して盗難資産を追跡してきた。2026年8月時点で約4,840万ドル相当を回収し、さらに約3,050万ドル相当を28を超える取引所やカストディ企業で凍結しているとしている。

今回の民事訴訟は、米国当局が進める刑事捜査とは別に行われている。政府による刑事責任追及を待つだけでなく、被害企業自身が民事司法を利用して資産の移動を止め、回収可能な状態を維持しようとしている点が特徴だ。

なぜ重要なのか?

暗号資産の大規模盗難では、攻撃を特定できたとしても資産を取り戻せるとは限らない。盗まれたトークンは複数のウォレットへ分散され、別の暗号資産へ交換され、取引所やミキサーなどを経由しながら国境を越えて移動するためだ。

これまで暗号犯罪対策では、どのアドレスへ資金が移動したかを追跡するオンチェーン分析が注目されてきた。しかし追跡だけでは資産の所有権を回復できない。資金が中央集権型取引所やカストディ企業へ入った時点で凍結し、その状態を維持するための法的根拠が必要になる。

今回のバイビットの対応は、その二つを接続した。ブロックチェーン分析で資産の移動先を特定し、民間企業との協力で凍結し、さらに裁判所命令によって資産が再び動かされることを防ぐ。暗号資産の技術的な追跡能力を、司法上の資産保全へ変換する仕組みだ。

特に国家支援型とされる攻撃では、攻撃主体そのものを逮捕することが難しい場合がある。その場合でも、盗難資産が国際的な取引所やカストディ企業へ接触すれば、資産側を法的手続きの対象にできる可能性が残る。

市場構造への影響

暗号資産市場では、ブロックチェーン上で資産を移動できることと、その資産を経済的に利用できることは同じではない。自己管理ウォレット間では送金できても、大規模な換金や別資産への交換には取引所、マーケットメーカー、ステーブルコイン、カストディなどの市場インフラへ接続する場面が多い。

この接続点が盗難資産回収の重要な場所になる。取引所やカストディ企業が追跡情報を共有し、対象アドレスを凍結できれば、攻撃者は資金を自由に換金しにくくなる。さらに裁判所命令が加われば、民間企業側も長期間の資産凍結を維持する法的根拠を持ちやすくなる。

バイビットが公表した約4,840万ドルの回収と約3,050万ドルの凍結は、約15億ドルという元の被害額に比べれば一部にとどまる。それでも、盗難後の対応が単なる追跡やブラックリスト登録で終わらず、実際の資産保存と返還へ進める経路が存在することを示している。

このモデルが広がれば、暗号資産取引所のセキュリティ競争も侵入防止だけではなくなる。事故発生後にどれだけ早くアドレスを特定し、他社へ通知し、司法手続きを開始できるかという回収能力も、取引所インフラの重要な機能になる。

資金・規制・流動性との関係

盗難資産の回収では速度が重要になる。暗号資産は24時間移動できるため、裁判所命令を得るまでに複数のチェーンや取引所へ分散されれば、その後の回収は難しくなる。オンチェーン追跡と法的手続きを別々の工程として扱うのではなく、資金移動を確認した段階から並行して進める体制が必要になる。

一方、凍結命令が存在しても、すべてのウォレットへ直接強制力を及ぼせるわけではない。中央管理者のいない自己管理ウォレットでは、秘密鍵を持つ主体が資産を移動できる。実効性が高まるのは、対象資産が裁判所の命令に従える取引所、カストディ企業、その他の仲介サービスへ入った場面だ。

このため暗号犯罪対策では、金融インフラ企業間の情報共有が重要になる。バイビットは28を超える取引所やカストディ企業で約3,050万ドルを凍結したとしており、一社だけで資産を追うのではなく、複数企業が同じオンチェーン情報を共有する仕組みが回収率を左右する。

規制当局にとっても、盗難資産への対応はマネーロンダリング対策だけではなく、被害者への返還手続きまで含む問題になる。どの段階で取引所が資産を止められるのか、凍結した資産を誰へ返還できるのか、複数国にまたがる場合にどの裁判所の命令を使うのかといった制度整備が必要になる。

初心者向け補足

予備的差止命令とは、裁判の最終判決が出る前に、現状を維持するため裁判所が出す命令だ。今回の場合、特定された盗難資産が訴訟中に別の場所へ移され、回収できなくなることを防ぐ目的がある。

また、資産凍結と資産回収は同じではない。凍結は対象資産を動かせない状態にすることであり、その後に所有権や返還先を法的に確定させる手続きが必要になる。バイビットが公表している約3,050万ドルは凍結段階の資産であり、約4,840万ドルの回収済み資産とは分けて見る必要がある。

ジョン・ドウ被告とは、実名が分からない人物や法人を訴訟の対象にする際に使われる表現だ。暗号資産ではウォレットアドレスを追跡できても、その背後にいる人物を直ちに特定できない場合があるため、こうした手続きが利用される。

今回の裁判所命令も、ラザルス・グループのすべてのウォレットを世界中で停止できる仕組みではない。追跡できた資産を法的な管轄や協力企業の管理下へ持ち込み、そこから動かさないことが実際の回収につながる。

Web3Timesの視点

Web3Timesが今回注目するのは、約15億ドルのハッキング事件そのものではない。事件から約1年半後に、オンチェーン追跡、取引所間協力、民事訴訟、裁判所による資産凍結が一つの回収経路としてつながった点だ。

暗号資産は送金速度が速いため、盗まれた瞬間に回収不能になるように見えやすい。しかしブロックチェーンには取引履歴が残る。資金が長期間追跡され、最終的に中央集権型の取引所やカストディへ接触すれば、司法制度が介入できる場所が生まれる。

国家支援型とされる攻撃では、この違いが特に重要になる。攻撃者本人へ直接法執行を及ぼせなくても、資産が移動する経路には国外の取引所、ステーブルコイン、カストディ企業など複数の仲介地点が存在する。犯罪者を捕まえることと資産を回収することを別の経路として設計できる。

ただし現時点の数字を見ると、回収済み約4,840万ドルと凍結済み約3,050万ドルを合わせても、約15億ドルの被害全体から見れば限定的だ。今回の差止命令だけで国家支援型暗号犯罪の回収問題が解決したとは言えない。

今後追うべきなのは、裁判所命令そのものより、その命令を使って凍結資産が実際にどれだけ返還されるかだ。さらに、別の取引所やカストディ企業が同様の民事手続きを採用するのか、異なる国の裁判所間で凍結命令を連携できるのか、オンチェーン分析から司法手続きまでの時間をどこまで短縮できるのかも重要になる。暗号資産セキュリティは侵入を防ぐ技術だけではない。盗まれた後に資金の移動先を追い、止め、法的に取り戻す回収インフラまで含めて評価する段階に入っている。

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