Last Updated on 2026年8月4日 by oba3
ハードウェアウォレットのコールドカード(COLDCARD)で生成された可能性があるビットコイン(Bitcoin)アドレスから資金が移動する事案が続き、第4波とみられる取引を含めた損失推計が最大約1億1400万ドル規模へ拡大した。第3波までに確認度の高い損失は約8860万ドルとされ、第4波候補を加えると移動量は約1816ビットコイン、対象アドレスは5200件を超えるとの分析も出ている。ただし、第4波に含まれるすべての移動が盗難と確認されたわけではない。今回見るべきなのは総額の更新だけではなく、攻撃者が置換可能な未確認取引を送った場合、正当な所有者がより高い手数料の競合取引を作り、資金を安全なアドレスへ退避できる余地が残る構造である。
何が起きたのか?
最初の大規模な資金移動は2026年7月30日に確認された。ギャラクシー・リサーチ(Galaxy Research)の分析では、初期の攻撃で1196件のウォレットから1000ビットコインを超える資金が短時間に移され、その後も第2波、第3波とみられる取引が続いた。
第3波までの推計は約1367ビットコイン、約8860万ドルだった。その後、少額残高を中心にした第4波候補が観測され、累計が最大約1816ビットコイン、約1億1400万ドルへ広がる可能性が指摘された。第4波だけで約449ビットコインが動いたとの分析もある。
ただし、オンチェーン上で確認できるのはアドレス間の移動であり、所有者本人による緊急退避と攻撃者による盗難を外部から完全に区別することは難しい。被害者からの申告や送金先の共通性が確認されるまでは、第4波を確定損失ではなく盗難の可能性がある資金移動として扱う必要がある。
原因として指摘されているのは、一部のコールドカード用ファームウェアで、シード生成に必要な乱数が十分に確保されない問題である。メーカーのコインカイト(Coinkite)は、2021年以降のファームウェア4.0.1以降で生成されたシードに危険があるとして注意を呼びかけている。
シードは秘密鍵を復元するための単語列であり、本来は推測できないほど広い候補から作られる。乱数が弱ければ、端末を盗んだりマルウェアを送り込んだりしなくても、攻撃者が候補を計算し、対応するアドレスの残高を探せる場合がある。
修正版ファームウェアは新たに危険なシードが作られることを防ぐが、過去に生成されたシード自体を安全に変えるものではない。影響を受ける可能性がある利用者は、修正版を導入した環境などで新しいシードを作り、そのシードから生成したアドレスへ資金を移す必要がある。
なぜ重要なのか?
ハードウェアウォレットは秘密鍵をパソコンやインターネットから隔離し、外部から直接盗まれにくくする装置である。しかし、鍵の基礎となるシードが弱い乱数から作られていれば、端末が一度もオンライン接続されていなくても資金を奪われる可能性がある。
今回の事案は、自己保管の安全性がオフライン保管だけでは成立しないことを示した。シード生成、ファームウェアの品質、公開コードの検証、バックアップ、パスフレーズ、送金監視までを一つの保管経路として考える必要がある。
さらに、第4波候補では攻撃者側の一部取引が手数料による置き換えに対応していたと分析されている。ビットコイン取引はネットワークへ送信された時点ではまだ確定しておらず、ブロックへ入る前なら、同じ資金を使う別の取引が優先される場合がある。
そのため、秘密鍵が攻撃者に知られた後でも、取引が未確認なら防御の時間が残る可能性がある。ただし、攻撃者と利用者の双方が有効な署名を作れる状態であるため、最終的にはどちらの取引が採掘者に選ばれるかを争うことになる。
市場構造への影響
従来の自己保管製品は、秘密鍵を盗ませない事前防御を中心に設計されてきた。今回のようにシードがすでに推測可能となった場合には、異常な未確認取引を検知し、攻撃者より先に安全な送金を確定させる事後防御も必要になる。
利用できる可能性があるのが、手数料による置き換え(Replace-by-Fee・RBF)を使った競合取引である。攻撃者が送った取引と同じ未使用出力を使い、正当な所有者がより高い手数料で安全な宛先への取引を配信すれば、ネットワーク上で新しい取引が優先される場合がある。
ただし、RBFは盗難を取り消す制度ではない。攻撃者の取引がすでに承認されていれば使えず、競合取引が十分なノードへ届かない場合や、攻撃者がさらに手数料を引き上げた場合には救出に失敗する。置き換え条件を満たさない取引では、別の対応が必要になる。
このため、緊急防御を利用者の知識だけに依存する設計には限界がある。ウォレット側が未確認の出金を監視し、侵害の可能性を通知し、安全な新規アドレスへの競合取引を作成できる仕組みを備えるかが今後の課題となる。
一方、監視機能をハードウェアウォレット本体へ常時接続すれば、オフライン性を弱める可能性がある。秘密鍵を保持する署名端末と、アドレスを監視するオンライン端末を分離し、緊急時だけ安全に連携させる構成が現実的な選択肢となる。
資金・規制・流動性との関係
攻撃中の資金救出では、手数料市場が防御結果を直接左右する。利用者と攻撃者が同じビットコインを異なる宛先へ送ろうとする場合、採掘者に選ばれるだけの手数料をどちらが提示できるかが重要になる。
多数の利用者が同時に資金を退避すれば、通常の送金も増え、ネットワーク手数料が上昇する可能性がある。高額残高では追加手数料を支払ってでも救出する合理性がある一方、少額残高では手数料が資産価値に対して大きくなり、対応を難しくする。
ウォレットメーカーには、修正版の公開に加え、影響するファームウェア、端末世代、シード生成条件を明確に示す責任がある。更新すれば安全という表現だけでは、古いシードを使い続ける利用者が危険を誤認するおそれがある。
販売業者、ウォレット用ソフト、保管支援企業も対応を求められる。影響アドレスの監視、退避用取引の作成、正しいファームウェアの確認を支援できれば、端末販売後のセキュリティ対応が新しいサービス市場になる可能性がある。
規制面では、ハードウェアウォレットメーカーは顧客資産を直接預かる取引所とは異なるため、損失補償や事故報告の制度が明確でない場合がある。今後は、鍵生成機能の品質管理、脆弱性通知、影響範囲の説明をどこまで法的義務とするかが論点になり得る。
初心者向け補足
ビットコインの取引は、送信した直後には未確認状態となる。取引は各ノードの待機領域へ入り、採掘者がブロックへ取り込んだ時点で最初の承認を得る。
RBFは、手数料が低く長時間止まった取引を、より高い手数料の取引へ置き換えるための仕組みである。盗難対策専用ではないが、攻撃者と正当な所有者が同じ秘密鍵を使える場合には、緊急退避へ利用できることがある。
シードを新しく作るだけでは資金は移動しない。新しいシードから作った安全な受取アドレスへ、古いシードで管理しているビットコインを送金し、承認まで確認する必要がある。
ファームウェア更新も、過去のシードを自動的に置き換えるものではない。影響時期に生成したシードを使っている場合、最新版へ更新した後も同じシードを復元して使い続ければ危険は残る。
独自に十分な乱数を追加した利用者や、強力なBIP39パスフレーズを使っている利用者は危険度が異なる可能性がある。ただし、短い単語や推測しやすい文章を追加しただけでは十分な防御にならない。
Web3Timesの視点
最大1億1400万ドルという数字は大きいが、第4波は現時点で未確認分を含む。確定度の高い約8860万ドルと、オンチェーン上の特徴から盗難が疑われる追加分を分けなければ、調査途中の推計を確定被害として伝えることになる。
それ以上に重要なのは、秘密鍵の侵害と資金の確定移転の間に時間差があることだ。攻撃者が署名を作れても、その取引がまだブロックへ入っていなければ、利用者にも安全な宛先へ送る競合取引を作る余地が残る。
ただし、この時間差は数分から数十分しかない場合がある。利用者が手動で取引履歴を確認し、RBFの条件を調べ、別端末で競合取引を作る方式では、一般的な自己保管者が間に合わない可能性が高い。
今後のウォレット設計では、署名端末の隔離だけでなく、監視端末による異常検知、安全な退避先の事前登録、未確認取引への緊急対抗、複数のノードや採掘者への配信を一つの手順として準備する必要がある。
今回の事案は、自己保管を利用者が秘密鍵を持つだけの仕組みとして捉える限界を示した。鍵を守る設計に加え、鍵が漏れたと疑われる瞬間に、どの端末が検知し、誰が承認し、どの取引を優先させるかまで決めておくことが、次のウォレット競争を左右する。
