Last Updated on 2026年8月7日 by oba3
欧州で暗号資産市場規制法(MiCA)の移行期間終了に伴う混乱を利用し、金融当局や暗号資産企業を装って利用者へ資産移転を求める詐欺が問題になっている。欧州証券市場監督局(ESMA)は、自身の名称やロゴを悪用した偽文書や偽サイトなどの詐欺行為を把握していると説明しており、フランス金融市場庁(AMF)も、規制当局や暗号資産交換業者になりすまして送金を促す事例を確認している。
背景には、2026年7月1日にMiCAの主要な移行措置が終了し、従来の各国制度で営業していた事業者の扱いが一斉に変わったことがある。利用者は、自分が使っていたサービスがMiCA認可を取得したのか、撤退するのか、資産を移す必要があるのかを判断しなければならない。詐欺師は、この制度理解の差と正規の移行通知が増える時期を利用している。
何が起きたのか?
MiCAでは、2024年12月30日より前から各国法に基づいて暗号資産サービスを提供していた事業者について、加盟国ごとの移行措置が認められていた。ただし、その期限は最長でも2026年7月1日までと定められていた。
ESMAは6月23日、MiCA認可を得られない事業者に対し、7月1日の移行期間終了後は欧州連合(EU)での事業を秩序立てて縮小し、顧客保護を優先するよう求めた。認可されていない事業者は、新規のEU顧客受け入れや積極的な営業を停止し、既存顧客がポジションを閉じたり資産を移したりするための対応へ重点を移す必要がある。
この正規の資産移行が増える時期に、詐欺師も利用者へ接触している。金融当局の職員や暗号資産企業の担当者を装い、「現在の事業者はMiCAに対応していない」「規制上の理由で資産を移す必要がある」などと説明し、偽の口座やウォレットへ送金させる手口が報じられている。
ESMAは、自身のロゴや身分を不正利用した偽文書、偽証明書、偽サイト、偽職員による連絡を把握している。ESMAを名乗って資金回収を支援すると持ちかけたり、金融会社を調査しているとして個人情報や送金を要求したりする手口は以前から存在しており、MiCA移行期には暗号資産利用者の制度不安と組み合わさる形になっている。
フランスのAMFも、規制当局や暗号資産交換業者を装った人物が、認可されていないサービスの顧客へ資産移転を求める事例を確認したと説明している。さらにAMFは7月8日時点で、2026年に入り暗号資産や関連サービスを無許可で提供しているとして38の名称を警告リストへ追加している。
ESMAが公開するMiCA登録簿は7月にも更新されている。報道によると7月末時点で認可済みの暗号資産企業は323社にとどまり、データ会社の推計では1700を超える未認可事業者が営業停止や事業移管を迫られる可能性がある。正規事業者、移行中の事業者、撤退事業者、無許可業者が同時に存在する状態が、利用者の確認作業を難しくしている。
なぜ重要なのか?
通常のフィッシング詐欺では、偽の投資案件や高利回りを提示して利用者を誘導することが多い。しかし今回利用されているのは、実際に起きている制度変更である。MiCA移行期間の終了に伴い、正規の企業からも口座変更、サービス終了、資産移行について連絡が届くため、利用者は偽通知と本物の通知を区別しなければならない。
つまり、規制が存在すること自体が問題なのではない。制度が切り替わる局面で「自分の利用している企業は認可済みなのか」「いつまで利用できるのか」「資産をどこへ移す必要があるのか」という情報を、すべての利用者が同じ速度で理解できないことが攻撃面になる。
詐欺師にとっても、完全な嘘を作る必要がない。実際のMiCA制度、実在するESMAやAMF、実際に営業を縮小している暗号資産企業を材料にして、その一部だけを書き換えれば信頼性の高い偽通知を作れる。制度が複雑であるほど、利用者は権威を示すロゴや専門用語を信用しやすくなる。
市場構造への影響
MiCAは、EU域内の暗号資産サービスを共通の認可制度へ移すことで、事業者の監督基準をそろえる仕組みである。長期的には、どの企業が正式に認可されているかを確認しやすくする効果が期待される。
一方、移行期には逆の現象が起きる。従来の国内登録で営業していた企業、MiCA認可を取得した企業、申請中だった企業、撤退する企業が短期間に分かれ、利用者が覚えていた企業の法的な立場が変わる。詐欺師はこの時間差を利用し、「以前は正規だったが現在は違法になった」といった説明をもっともらしく見せることができる。
ここで重要になるのが、公的な登録簿である。ESMAはMiCAに基づき、認可された暗号資産サービス事業者と非準拠事業者などを中央登録簿で公開している。企業名やメールの見た目だけではなく、公的な登録情報と一致するかを確認できる仕組みが、規制制度そのものの実効性を支える。
企業側にも課題がある。サービス終了や顧客移管を案内する際に、利用者が詐欺通知と区別できなければ、正規の移行手続きまで疑われる。認可番号、公式ドメイン、問い合わせ経路、資産移行の期限などを一貫して提示できるかが、規制対応だけでなく顧客保護の一部になる。
資金・規制・流動性との関係
MiCA移行終了によって直接生じているのは、認可を取得できなかった事業者からの顧客資産の移動である。取引所やカストディサービスを変更する利用者が増えれば、正規の出金や送金件数も増える。詐欺師は、この通常とは異なる資金移動が発生する時期に偽の移行先を提示する。
制度上は認可済み事業者へ利用者を集約することで、監督と顧客保護を強める狙いがある。しかし、その途中では、どのサービスへ資産を移すべきかという判断を利用者自身が求められる。規制当局や企業を名乗る第三者から突然送金先を指定された場合、公的な登録簿や企業の公式窓口を使って確認する工程が重要になる。
ESMA自身も、同局を装った連絡に対し、メールアドレスが公式ドメインかを確認し、不審なリンクを開かず、個人情報や金融情報を渡さないよう注意を促している。ESMAを名乗る人物が資金移転を直接求めるケースも、公式な連絡手段と照合する必要がある。
規制の実効性は、認可制度を作るだけでは完成しない。利用者が正規企業を識別でき、企業が安全な移行通知を出し、公的登録簿を容易に確認できる状態まで含めて初めて、偽の規制情報を利用した資金移転を防ぎやすくなる。
初心者向け補足
MiCAは、EUで暗号資産を発行したり、取引、保管、交換などのサービスを提供したりする企業に共通ルールを設ける法律である。暗号資産サービス事業者は、条件を満たして認可を取得すれば、原則としてEU域内で共通の制度に基づいてサービスを提供できる。
ただし、MiCAが本格適用された2024年12月30日の時点ですべての既存企業が即座に営業停止になったわけではない。以前から各国の法律に基づいて営業していた企業には移行期間が設けられ、その最終期限が2026年7月1日だった。
このため、利用者のもとへ資産移行やサービス変更の正規通知が届くこと自体は不自然ではない。問題は、その状況を利用して偽物も同じ内容を送ってくることだ。企業名や当局のロゴだけで判断せず、ESMAの登録簿や利用中サービスの公式サイトから情報を確認することが重要になる。
Web3Timesの視点
今回の詐欺拡大を、MiCAによって規制が厳しくなった結果とだけ読むと本質を外す。狙われているのは規制そのものではなく、制度が切り替わる速度と利用者がそれを理解する速度の差である。
7月1日を境に、同じ企業でも「国内制度で営業できた状態」から「MiCA認可がなければ新規営業を続けられない状態」へ変わった。利用者から見れば、昨日まで使えたサービスについて突然資産移行を求められることになる。この状況では、詐欺師が規制当局や企業の説明を模倣するだけで、通常時より信頼されやすい。
今後重要になるのは、規制内容を増やすことだけではない。認可された企業を一か所で確認できる登録簿、企業が真正性を証明できる通知方法、サービス停止時の標準的な顧客移行手順など、制度変更を利用者へ正確に伝える情報インフラが必要になる。
MiCAによって企業の法的な境界が明確になるほど、その境界を偽装する詐欺も生まれる。規制移行期のセキュリティでは、ウォレットや取引所の技術防御だけでなく、「誰が本当に認可され、誰から届いた通知が本物なのか」を確認できる仕組みが重要な防御層になる。
