Last Updated on 2026年9月30日 by oba3
アステック・ラボ(Aztec Labs)は9月29日、プライバシー決済ウォレットのzk.moneyを約3年ぶりに再開した。新しいzk.moneyはアステック・ネットワーク(Aztec Network)上で動作し、利用者の残高、送金額、送金相手を公開台帳へ直接表示せずに資金を移転できる。
今回の焦点は、匿名性の是非だけではない。イーサリアム(Ethereum)のような公開チェーンでは、ウォレットアドレスが分かれば残高や過去の取引履歴を追跡できる。個人利用だけでなく、企業の支払い、給与、取引先への送金までオンチェーン化する場合、この透明性そのものが利用障壁になる。zk.moneyの再開は、公開ブロックチェーンを維持しながら金融情報の一部だけを秘匿するインフラが再び実用段階へ入った動きとして見る必要がある。
何が起きたのか?
新しいzk.moneyは、利用者自身が資産を管理するセルフカストディー型ウォレットとして提供される。アステックによると、zk.money内部で行われる利用者間の支払いでは、残高、送金額、相手方などが公開チェーン上へそのまま記録されない。
旧zk.moneyは2021年に開始され、7万5000を超えるウォレットが利用し、累計1億ドルを超える取引を処理した。その後、アステックは旧基盤の拡張性に限界があるとしてサービスを停止し、より汎用的なプライバシー対応L2であるアステック・ネットワークの開発へ軸足を移していた。
今回の再開では、その新しいネットワークを基盤としてzk.moneyが作り直された。利用者は長いウォレットアドレスだけでなく、名前形式のハンドルや支払いリンクを利用して送金できる。ウェブ版が提供されており、モバイル版も今後予定されている。
一方、プライバシーが適用される範囲には境界がある。イーサリアムからzk.moneyへ資金を入れる際の送信元や金額、zk.moneyから外部へ出す際の情報は公開チェーン上に残る。秘匿されるのは主にアステック内部で行われる取引だ。
初期版には利用制限も設けられている。入金、支払い、出金はそれぞれ2500ドル未満に制限され、ネットワーク全体の1日あたり入金にも上限が設定されている。アステック・ネットワーク自体もまだAlpha段階であり、運営側はソフトウェアが完全監査済みではないことや重大な不具合の可能性について注意を促している。
なぜ重要なのか?
公開ブロックチェーンでは透明性が大きな特徴だ。誰でも取引履歴を確認できるため、資産移動の監査や検証が容易になる。一方、その透明性は一般的な金融取引では問題になる場合がある。
たとえば企業が仕入先へ支払いを行った場合、公開ウォレットを利用すると支払額だけでなく、口座残高や他の取引先との資金移動まで推測される可能性がある。個人でも給与額、保有資産、購買履歴などが一つのアドレスから長期間追跡できれば、従来の銀行口座とは大きく異なる金融環境になる。
ゼロ知識証明を使ったプライバシー技術は、この問題に対して取引内容を公開せずに、その取引が正しいことだけを暗号学的に証明する方法を提供する。公開台帳と金融プライバシーを完全な二者択一にせず、検証可能性を残しながら情報公開範囲を限定する考え方だ。
市場構造への影響
ブロックチェーン金融が個人間送金から企業決済、RWA、給与、資産運用へ広がるほど、プライバシーは追加機能ではなく金融インフラの要件になり得る。
これまでオンチェーン金融では、誰でも残高や取引履歴を確認できることが前提になっていた。しかし銀行や企業が本格的に利用する場合、取引内容を競合企業や取引相手へすべて公開する構造は受け入れにくい。資産の存在や取引の正当性を検証できても、個別金額や相手方は公開しないという設計が必要になる。
新しいzk.moneyが重要なのは、単独のプライバシー送金アプリとしてだけではない。アステック・ネットワークはプライバシーを持つアプリを構築できる汎用基盤として設計されており、今後DeFiとの接続も計画されている。送金だけでなく、融資、交換、資産運用まで秘匿可能な金融処理へ広がれば、公開チェーン上の金融アプリ設計そのものが変わる余地がある。
資金・規制・流動性との関係
金融プライバシーを広げる際には、規制との接続が避けられない。取引内容を秘匿できる仕組みは利用者情報の保護に役立つ一方、制裁対象者や不正資金への対応をどこで行うかという問題も生じる。
新しいzk.moneyでは、イーサリアムから資金を入出金するアドレスについて制裁関連のスクリーニングを行う設計が採用されている。一方、アステック・ラボ自身が利用者の資金を移動したり凍結したりできるカストディー型サービスではない。
つまり、すべてを公開するか、すべてを運営者が管理するかという二択ではない。資金への自己管理権を残しながら、ネットワークへ入る境界では一定の確認を行い、内部取引では金融情報を秘匿するという複数レイヤーの設計が試されている。
今後RWAや企業決済がプライバシー基盤へ入る場合には、誰が何を確認できるのかという選択的開示も重要になる。一般公開はしないが、監査人や規制当局には必要な証明を提示できる仕組みまで発展すれば、プライバシー技術は単なる匿名送金ではなく制度金融との接続基盤になり得る。
初心者向け補足
ゼロ知識証明とは、ある情報そのものを相手へ見せずに、その情報が条件を満たしていることだけを証明する暗号技術だ。ブロックチェーンでは、送金額や残高の詳細を公開せずに、取引が正しいことを確認する用途へ利用できる。
通常のイーサリアムでは、ウォレットアドレスを知れば残高や過去の取引を公開台帳から確認できる。zk.moneyでは資金をアステック・ネットワークへ入れた後の送金について、こうした情報を公開しない形で処理する。
ただし完全に痕跡が消えるわけではない。イーサリアムからアステックへ入金した事実や金額など、システムの境界を通過する部分には公開情報が残る。この点は、内部取引まで含めてすべてが見えなくなる仕組みとは異なる。
また、今回の再開版はまだ初期段階にある。利用額に上限が設定され、ネットワーク自体もAlphaとして運用されているため、大規模な金融インフラとして完成した段階ではない。
Web3Timesの視点
今回のzk.money再開を、匿名送金サービスの復活としてだけ読むと市場構造上の意味を見落とす。重要なのは、公開ブロックチェーン上で金融を行う際に、どの情報を公開し、どの情報を隠すかをインフラ側で選べるようになってきたことだ。
オンチェーン金融では透明性が強みとして扱われてきた。しかし金融利用が広がるほど、透明性が高ければ高いほどよいとは限らなくなる。企業の資金残高、給与、取引条件、仕入先への支払いまで常時公開される市場では、既存金融から移行しにくい利用者も多い。
そのため次の競争は、公開チェーンかプライベートチェーンかという単純な選択ではなくなる可能性がある。決済の正当性は暗号証明で検証しながら、残高や相手方は必要な範囲だけ開示する。ゼロ知識証明は、その中間を作る技術になる。
一方で、プライバシーを強めるほど規制対応や不正利用対策との調整も難しくなる。誰にも見えないことを目的とするのではなく、誰にどこまで見せるのかを設計できることが金融インフラとして重要になる。
今後見るべきなのはzk.moneyの利用者数だけではない。DeFiとの接続がどこまで進み、選択的な情報開示やコンプライアンスを組み込みながら、企業決済やRWAまで扱えるかである。公開台帳の検証可能性と金融取引の秘匿性を両立できれば、プライバシーはWeb3の特殊機能ではなく、オンチェーン金融を一般利用へ広げる基礎機能の一つになっていく。
