Last Updated on 2026年9月24日 by oba3
コインベース(Coinbase)が、将来の量子計算時代を想定した暗号資産カストディの移行戦略を具体化している。同社は現在の鍵管理基盤を耐量子暗号へ対応させる「PQ-CoreKMS」の開発を進め、ビットコイン(Bitcoin)を含むブロックチェーンが将来どの耐量子署名方式を採用しても対応できる保管基盤を目指す。重要なのは、量子コンピューターがいつ現在の暗号を破れるかを予想することではない。大量の顧客資産を預かるカストディ企業が、既存の秘密鍵管理を止めず、新しい署名方式へ安全に移行できる運用手順を事前に作り始めた点にある。
何が起きたのか?
コインベースは2026年7月、同社独自の鍵管理システムCoreKMSについて耐量子対応版を開発していると公表した。CoreKMSは同社がカストディする資産のおよそ99.9%を保護しており、現在はマルチパーティ計算(Multi-Party Computation・MPC)を利用して、秘密鍵全体を一カ所へ集めずに署名できる構造を採用している。
計画では、今後約1年で安全な実行環境、秘密分散、しきい値暗号を組み合わせた自動署名基盤を構築し、さまざまな耐量子署名方式へ対応できるようにする。その後2〜3年かけて、格子暗号などの耐量子方式でも秘密鍵を一度も完全な形に戻さず署名できるMPC技術の研究を進める方針だ。
さらにコインベースは社内で使われている暗号技術を洗い出し、重要度、外部への露出度、移行の難しさに応じて優先順位を付けている。量子計算技術がどの段階まで進んだら実際の鍵移行を始めるかについても、具体的な発動条件を定める作業を進めている。
なぜ重要なのか?
ビットコインが耐量子署名方式を導入しても、それだけで保有資産が自動的に安全になるわけではない。既存アドレスにあるBTCを新しい方式へ移し、ウォレット、取引所、カストディ会社が新署名を安全に生成できるようにする必要がある。
個人なら一つのウォレットを移行するだけでも、機関カストディでは事情が異なる。多数の顧客口座、内部承認、バックアップ、出金制御、監査記録を維持しながら大量の資産を移さなければならない。移行そのものが大規模なオペレーショナルリスクになる。
そのため耐量子化で難しいのは暗号アルゴリズムの選定だけではない。既存顧客の資産をどう移し、停止時間を抑え、誤送金や鍵の集中を防ぐかという運用設計が同じくらい重要になる。
市場構造への影響
現在の機関向けカストディではMPCが広く使われているが、将来ビットコインが採用する耐量子署名方式が従来型MPCと相性が良いとは限らない。特に一部のハッシュベース署名では、現在の鍵分散技術をそのまま適用することが難しい。
コインベースはこうした場合に備え、プログラム可能なハードウェア・セキュリティ・モジュールを利用する代替構成も研究している。耐量子暗号で秘密情報を分散・暗号化し、必要な署名処理だけを物理的に保護された装置内部で実行する考え方だ。
最終的にどの方式が採用されるかはまだ決まっていない。9月にコインベース、スタンフォード大学、Localhost Researchが開催した作業会でも、最適な耐量子署名方式について合意には至らなかった。このため一つの方式へ賭けるのではなく、複数方式を受け入れられるカストディ基盤を用意すること自体が競争力になる。
資金・規制・流動性との関係
機関投資家にとってカストディは単なるウォレット機能ではない。顧客資産を分別し、権限管理を行い、監査可能な手順で移動できることが金融サービスの前提になる。耐量子移行でも同じ統制を維持できなければ、大口保有者ほど簡単には新しい署名方式へ移れない。
また一斉移行が必要になれば、ブロックチェーン上では大量の資産移動が発生する。署名サイズが現在より大きくなれば、ブロックスペースや手数料にも影響し得る。移行期間を十分確保し、段階的に新方式へ切り替える設計が必要になる理由はここにある。
コインベース自身も耐量子移行を一度のイベントではなく、研究、導入、顧客資産移転を段階的に行うプロセスとして捉えている。
初心者向け補足
量子コンピューターの問題は、ビットコインのブロックチェーンを突然消去するという話ではない。十分に強力な量子計算機が実現した場合、現在使われている電子署名から秘密鍵を推測できる可能性が生じることが主な懸念だ。
現時点でコインベースも量子計算を差し迫った脅威とは評価していない。問題は、実際に危険が迫ってから数百万の利用者や機関資産を移そうとしても、十分な時間が残っていない可能性があることだ。
そこで現在のうちから新しい署名方式、ハードウェア、鍵管理、移行手順を試し、必要になった時点で安全に切り替えられる状態を作ることが耐量子準備の中心になる。
Web3Timesの視点
今回を見る際、量子コンピューターが何年後にビットコインを破るかという予測へ焦点を当てる必要はない。機関金融にとって重要なのは、危険が現実化する前に大量の顧客資産を別の署名方式へ移せる運用能力を持っているかだ。
今後確認したいのは、ビットコイン側でどの耐量子方式が採用候補になるのか、PQ-CoreKMSが予定通り複数方式へ対応できるのか、そして移行開始を判断する技術的な発動条件がどこに設定されるかである。
さらに重要なのは、コインベースだけで完結しない点だ。取引所、機関カストディ、ハードウェアウォレット、個人利用者が同じ期間内に移行できなければ、一部の資産だけが古い署名方式へ残る。耐量子対応は暗号技術の更新というより、金融市場全体で鍵を安全に交換する大規模な移行作業になる。
ビットコインの機関保有が拡大するほど、その移行手順は事実上の市場インフラになる。コインベースの取り組みは、耐量子時代の競争が新しい暗号方式を誰が発明するかだけでなく、数多くの顧客資産を安全かつ監査可能な形で移せるかというカストディ運用へ広がっていることを示している。
