Last Updated on 2026年9月20日 by oba3
欧州中央銀行(European Central Bank・ECB)のクリスティーヌ・ラガルド(Christine Lagarde)総裁が、バイナンス(Binance)がギリシャで進めていた暗号資産市場規則(Markets in Crypto-Assets Regulation・MiCA)の認可申請を巡り、ギリシャ政府側へ承認に反対する働きかけを行ったとウォール・ストリート・ジャーナルが報じた。これはECBが法的権限を使ってバイナンスの免許を拒否したという話ではない。通常の暗号資産サービス事業者を認可する権限は加盟国の管轄当局にある。今回浮かび上がったのは、一つの加盟国で得た免許がEU全域でのサービス提供につながるMiCAの仕組みと、各国当局、欧州証券市場監督機構、ECBが持つ異なる監督・政策上の役割をどう調整するかという問題だ。
何が起きたのか?
ウォール・ストリート・ジャーナルは2026年9月18日、ラガルド総裁がギリシャのキリアコス・ミツォタキス(Kyriakos Mitsotakis)首相らに対し、バイナンスのMiCA認可を進めないよう働きかけたと、事情を知る関係者の話として報じた。
バイナンスはギリシャ資本市場委員会(Hellenic Capital Market Commission・HCMC)へ暗号資産サービス事業者として申請していた。同社は6月16日時点で、HCMCによる審査が完了しMiCA要件に適合すると判断されたとの理解を示していたが、正式な認可決定は出なかった。
バイナンスは6月24日にギリシャでの申請を取り下げ、別のEU加盟国で認可取得を目指すと公式発表した。理由については、ギリシャでの審査状況と時間軸を検討した結果と説明している。9月の報道後も同社はラガルド総裁の関与そのものにはコメントせず、欧州でMiCA認可を取得する方針を維持している。
したがって、現時点で確認できる事実はバイナンスがギリシャで正式認可を得ないまま申請を撤回したことだ。ラガルド総裁がどの程度審査結果へ影響したのかは報道段階であり、ECBから公式に確認された事実として扱うことはできない。
なぜ重要なのか?
MiCA第59条では、認可された暗号資産サービス事業者はEU域内でサービスを提供できる。さらに第65条では、本拠地国の当局へ越境営業先などを通知すると、その情報が対象国、欧州証券市場監督機構(European Securities and Markets Authority・ESMA)、欧州銀行監督機構へ共有される。
つまり認可を出す国は一つでも、その判断の経済的な影響は一国に閉じない。大規模取引所が一つの加盟国で免許を得れば、一定の手続きを経て複数国へ事業を広げられるため、本拠地国の審査水準がEU単一市場全体へ波及する。
この仕組みは事業者が国ごとに別々の免許を取得する負担を減らす一方、どの加盟国で認可を受けるかによって監督実務に差が出るのではないかという問題も生む。巨大事業者ほど、その差は他国の利用者や市場にも影響しやすい。
市場構造への影響
MiCAは共通ルールを作ったが、通常の暗号資産サービス事業者をESMAが一括して認可する制度ではない。認可を担当するのは原則として本拠地国の管轄当局で、ESMAは各国間で監督水準が大きくずれないよう調整する役割を担う。
ESMAは2025年、マルタで行われた暗号資産サービス事業者の認可を検証し、一部の重要な問題が十分解消されないまま認可に至ったとして、審査の強化を求めた。MiCA施行後の焦点が法律の有無から、加盟国が共通基準をどの水準で実行するかへ移っていることを示す事例だ。
バイナンスのように域内全体へ大きな取引基盤を提供し得る企業では、本拠地当局だけでリスクを見るべきか、ESMAなどEUレベルの機関がより強く関与すべきかという論点が生じる。今回の報道は、その制度上の緊張を具体的な認可案件として表面化させた。
資金・規制・流動性との関係
報道では、ラガルド総裁が懸念した要素の一つとして、バイナンスの規模を通じてドル建てステーブルコインの利用が欧州で広がる可能性も挙げられた。ECBは以前から、世界のステーブルコイン市場の大部分が米ドル建てであることを、欧州の金融安定や通貨主権の観点から問題提起している。
大規模な暗号資産取引所は、単なる売買画面ではない。どのステーブルコインが主要な取引ペアになり、どの資産へ流動性が集まり、どの決済手段が利用されるかを左右する。EU全域で営業できる免許は、その取引所を通じて利用されるデジタル通貨にも影響を及ぼし得る。
ただしECBの金融安定上の懸念と、MiCAライセンスを認可する法的権限は分けて考える必要がある。ECBは通常の暗号資産取引所へMiCA免許を直接発行する機関ではなく、正式な認可判断は加盟国の管轄当局が行う。今回問われているのは、法的な決定権とEU全体の政策上の影響力がどのように共存するかである。
初心者向け補足
MiCAの特徴の一つが、いわゆるパスポート制度だ。例えばギリシャを本拠地として認可を受けた暗号資産サービス事業者は、所定の通知を行えば他のEU加盟国でもサービスを提供できる。
このためギリシャでの審査だからといって、影響がギリシャ国内だけに限られるわけではない。一つの認可が複数国での営業基盤になるため、どの国がどの基準で免許を出すかが重要になる。
また今回の報道を「ECBがバイナンスの免許を拒否した」と理解するのも正確ではない。バイナンスは正式な認可も拒否決定も受けないまま6月に申請を撤回した。ラガルド総裁による働きかけについては、現時点ではウォール・ストリート・ジャーナルの報道として区別して見る必要がある。
Web3Timesの視点
今回見るべきなのはバイナンスが最終的にどの国で免許を取るかだけではない。MiCAが作った単一市場では、一国の認可判断が域内全体へ展開される以上、大規模事業者を誰が実質的に監督するのかという問題が避けられない。
今後の焦点は、各国当局の審査をESMAがどこまで統一できるか、大規模事業者についてEUレベルの監督を強める方向へ制度が修正されるか、さらにECBの金融安定や通貨政策上の懸念を認可実務へ反映させる正式な経路が整備されるかにある。
単一免許は越境営業を容易にするための仕組みだが、その利便性が高いほど一つの認可判断にかかる責任も大きくなる。共通ルールを作るだけでなく、加盟国ごとの執行差をどこまで縮めるかがMiCAの次の課題になる。
バイナンスを巡る今回の報道は個別企業の認可問題であると同時に、EUが暗号資産の単一市場を運営する際の権限設計を映している。MiCAの実効性を決めるのは法律本文だけではなく、一国で出した免許をEU全体がどのような監督体制で支えるかという運用部分になっている。
