Last Updated on 2026年9月10日 by oba3
ペイパル(PayPal)が、企業や開発者が独自のドル建てトークンを構築できる新基盤PYUSDxを公開した。PYUSDx上で発行されるカスタムトークンは、ペイパルUSD(PayPal USD・PYUSD)を裏付けとして設計され、ブランド名やアクセス制御、報酬設計などを用途ごとに変更できる。基盤開発はエムゼロ(M0)が担い、ムーンペイ(MoonPay)が準備資産管理と発行インフラを担当する。今回の重要点は新しいステーブルコインが一つ増えたことではない。既存のドルステーブルコインを準備資産として再利用し、その上に企業ごとの通貨を発行できる共通レイヤーが登場したことで、競争軸が発行残高から発行基盤そのものへ広がったことだ。
何が起きたのか?
ペイパル、エムゼロ、ムーンペイは2026年9月9日、PYUSDxの一般提供開始を発表した。PYUSDxは企業や開発者が独自のオンチェーン金融商品やカスタムステーブルコインを作るための開発基盤で、基礎となる準備資産にはPYUSDを利用する。
PYUSD自体はパクソス(Paxos)が発行し、米ドル預金や米国債などを裏付けとするドル建てステーブルコインだ。PYUSDxでは、そのPYUSDを新たなトークンの裏付けとしてムーンペイ・デジタル・アセッツ(MoonPay Digital Assets Limited)が保有し、エムゼロが発行、準備資産管理、アクセス制御などを組み込める技術基盤を提供する。
公開時点ではサターン(Saturn)、コンクリート(Concrete)、キャップ(Cap)の3社が稼働しており、プラットフォーム上の処理量は合計1億ドルを超えた。サターンはUSDat、コンクリートはconcUSD、キャップはcUSDをそれぞれ展開している。USD.AIとフェアブロック(Fairblock)も追加で対応する計画が示されている。
利用企業はトークン名やシンボルだけでなく、口座単位の凍結や一時停止、報酬配分、クロスチェーン動作などを設定できる。さらにPYUSDx上のトークンは、オンチェーンの流動性を通じてPYUSDやUSDCへ交換できる設計となっている。
なぜ重要なのか?
これまで企業が独自ステーブルコインを発行する場合、準備資産の確保、カストディ、スマートコントラクト、償還、流動性、コンプライアンス対応などを個別に構築する必要があった。ブランド独自のドルを作れても、その裏側の金融機能を一から整備するコストが大きかった。
PYUSDxは、この共通部分をPYUSDと既存インフラへ集約する。企業は独自トークンの利用条件やブランドを設計しながら、基礎となるドル価値や流動性について既存のステーブルコイン基盤を利用できる。
これはホワイトラベル型の発行モデルをステーブルコインへ持ち込む動きともいえる。同じ準備基盤の上に用途の異なる複数のデジタルドルが存在し、それぞれが決済、信用、DeFi、機密取引など異なる機能を持つ構造を作れるためだ。
市場構造への影響
ステーブルコイン市場ではこれまで、USDT、USDC、PYUSDなど、どの通貨銘柄が多く流通するかが主要な競争指標だった。PYUSDxが示しているのは、その一段下にある発行インフラでも競争が始まっていることだ。
企業が新しいステーブルコインを作るたびに独立した準備資産と流動性を構築するのではなく、既存ステーブルコインを共通の基礎資産として利用できれば、表面上は多数のブランドが存在しても、裏側では少数の発行基盤へ資金が集約される可能性がある。
その場合、重要になるのは発行残高だけではない。どれだけ多くの企業へ開発ツールを提供できるか、異なるチェーンへ展開できるか、他の主要ステーブルコインと交換できるかがプラットフォームの競争力になる。
資金・規制・流動性との関係
PYUSDxの特徴は、各企業が独自名称のトークンを発行しても、その裏付けをPYUSDへ接続できることにある。利用企業ごとに現金や国債の準備体制を新設するのではなく、すでに存在するPYUSDを基礎資産として利用することで、資金管理を共通化できる。
一方で、カスタムトークンとPYUSD自体は同一ではない。PYUSDはパクソスが発行するステーブルコインであり、PYUSDx上のカスタムトークンはムーンペイ側の発行基盤を通じて提供される。利用者にとっては、どの法人がトークンを発行し、誰が裏付け資産を保管し、どの条件でPYUSDへ交換できるのかを確認することが重要になる。
また共通基盤への集約は効率を高める一方、依存先も集中させる。多数の企業トークンがPYUSDを準備資産として利用するようになれば、PYUSDの償還、カストディ、規制対応に問題が起きた場合、その影響が上位の複数トークンへ同時に伝わる構造も生まれる。
初心者向け補足
PYUSDxは新しい一種類のステーブルコインの名称ではなく、企業が自分たちのステーブルコインを作るためのプラットフォームだ。例えば企業Aと企業Bがそれぞれ異なる名前のドル連動トークンを発行しても、裏側ではどちらもPYUSDを準備資産として利用する形を取れる。
そのため利用者が持つカスタムトークンは、直接PYUSDを保有していることと完全に同じではない。発行主体や利用条件は別に存在する。ただし共通の裏付け資産と交換経路を使うことで、ゼロから流動性を作る負担を減らせる。
この仕組みは、クラウド事業者の基盤を利用して各社が異なるサービスを作る構造に近い。利用者から見えるブランドは複数でも、その裏側では共通インフラが使われる。
Web3Timesの視点
今回を見るうえで重要なのは、PYUSDがUSDTやUSDCからどこまでシェアを奪うかだけではない。ペイパルはPYUSDを一つの決済通貨として流通させるだけでなく、他社が独自通貨を作るための基礎資産へ変えようとしている。
このモデルが広がれば、ステーブルコイン市場ではブランドと基盤が分離していく。企業は顧客向けには独自トークンを提供しながら、準備資産、発行技術、流動性は外部の共通プラットフォームへ依存できる。その結果、利用者が目にするステーブルコインの数が増えても、裏側の金融インフラはむしろ集約される可能性がある。
今後見るべきなのはカスタムトークンの発行数だけではない。PYUSDx上でどれだけ実際の決済や信用取引が生まれるのか、PYUSDへの交換流動性がどの程度維持されるのか、企業ごとに異なる権限や償還条件を利用者がどこまで把握できるかが重要になる。
ステーブルコイン競争が次の段階へ進むと、勝敗を決めるのは単一トークンの供給量だけではなくなる。準備資産、発行、コンプライアンス、流動性、クロスチェーン接続を共通部品として提供し、その上にどれだけ多くの企業通貨を載せられるか。PYUSDxは、デジタルドル市場が通貨銘柄の競争から発行プラットフォームの競争へ広がる動きを具体化した事例になる。
