Last Updated on 2026年9月24日 by oba3
ビザ(Visa)が9月23日に公表した「Money Travels 2026」で、米国消費者のステーブルコイン利用意向は36%だった一方、銀行並みの不正利用保護と預金保険があると仮定した場合には56%へ上昇した。20ポイントの差は、ステーブルコイン普及を左右する条件が、送金速度や手数料だけではないことを示している。
重要なのは、今回の調査で想定された保護が現在のステーブルコインに一律で備わっているわけではない点だ。ビザは仮想的な条件として銀行レベルの不正利用保護と預金保険を提示し、その場合の利用意向を調べた。つまり今回の数字は「ステーブルコインに預金保険が付いた」というニュースではなく、損失時に誰が利用者を守るのかという制度設計が採用率を大きく左右し得ることを示す調査結果である。
何が起きたのか?
ビザは米国の成人2192人を対象とした調査を基に、国際送金やデジタル決済に対する利用者の意識をまとめた。調査は2026年2月24日から3月2日にかけてモーニング・コンサルト(Morning Consult)が実施し、回答者にはステーブルコインなど主要な用語の説明を行ったうえで質問している。
米国ではステーブルコインを利用したいと答えた割合が36%だった。これに銀行レベルの不正利用保護と預金保険があるという仮定を加えると、利用意向は56%まで上昇した。技術仕様を変えたのではなく、損失や不正が起きた場合の保護条件を追加しただけで、回答が大きく変化したことになる。
提供主体も利用意向に影響している。既存の金融事業者を通じてステーブルコインが提供される場合、利用意向は36%から45%へ上昇した。また64%の回答者は、支払い方法への信頼について、使用されている技術そのものよりも誰が提供しているかを重視すると回答した。
信頼される提供主体としては、伝統的な商業銀行を挙げた回答者が61%、世界的な決済ネットワークが60%だった。一方、米国回答者の56%はステーブルコインについて聞いたことがないと答えている。利用拡大を考えるうえでは、技術性能だけでなく認知、提供主体、利用者保護が同時に関係している。
なぜ重要なのか?
ステーブルコインはこれまで、24時間送金、国境を越えた決済、低コスト化などの利点から説明されることが多かった。しかし一般利用者が実際に資金を預けたり送ったりする場合、「速いか」だけでは判断できない。
誤送金や詐欺が発生した場合に資金を取り戻せるのか。事業者が破綻した場合に残高はどう扱われるのか。不正利用された場合に誰が補償するのか。銀行やカード決済では長年こうした保護制度や対応手続きが作られてきたが、ステーブルコインでは商品や提供方法によって利用者が受けられる保護が異なる。
今回の調査では、銀行並みの保護という条件を加えることで利用意向が20ポイント上昇した。少なくとも調査対象では、ステーブルコインの採用障壁が技術性能だけでなく、損失時の安心感にも存在していることが分かる。
市場構造への影響
この結果を市場構造から見ると、ステーブルコイン競争の軸が発行量や送金速度だけではなくなる可能性がある。利用者保護を誰が提供するかによって、銀行、決済ネットワーク、ウォレット、ステーブルコイン発行会社の役割分担が変わるためだ。
たとえばステーブルコインそのものを発行する企業が準備資産を管理し、銀行が顧客確認や資金保管を担い、決済ネットワークが不正検知や加盟店接続を提供する構造も考えられる。その場合、利用者から見える商品はステーブルコインでも、その背後には従来金融と同様に複数の事業者が安全性を支えることになる。
ビザ自身もすでにステーブルコインとの接点を広げている。同社によると、2026年度第2四半期には世界で160を超えるステーブルコイン連動型カードプログラムが稼働し、その決済額は前年同期比で約200%増加した。ステーブルコインによる決済ネットワークへの精算額も年率換算で200億ドルを超えたとしている。
つまりステーブルコインは暗号資産取引所の内部だけで使われる段階から、カードや国際送金など既存の金融サービスへ接続され始めている。利用範囲が広がるほど、一般利用者が既存金融と同程度の安全性を期待する場面も増えると考えられる。
資金・規制・流動性との関係
ステーブルコインの利用者保護を強くすると、制度設計は準備資産や発行体規制だけでは完結しなくなる。発行されたコインが十分な資産で裏付けられていることと、個人利用者が詐欺や事業者破綻から保護されることは別の問題だからだ。
預金保険は銀行預金を対象とする制度であり、一般的なステーブルコインに自動的に適用されるものではない。今回のビザ調査も、現在のステーブルコインに預金保険が存在すると説明したものではなく、そのような保護がある仮想的な状況で利用意向がどう変わるかを測っている。
この違いは今後の制度設計で重要になる。ステーブルコイン発行体の準備資産を厳格に管理する方法、利用者資産を分別する方法、第三者が不正利用を補償する方法など、銀行預金とは異なる形で安心機能を構築する選択肢もある。
保護制度が整えば利用者が資金をステーブルコインへ移しやすくなる可能性がある一方、補償コストや監督要件は事業者側の負担になる。今後の競争では、高い利回りや低い送金手数料だけでなく、どの程度の保護を提供できるかも事業モデルを左右する要素になり得る。
初心者向け補足
ステーブルコインとは、米ドルなどの法定通貨とほぼ同じ価値を維持するよう設計されたデジタル資産だ。代表的な用途には暗号資産取引、海外送金、企業間決済などがある。
ただし、銀行口座にある1ドルと、ステーブルコインとして保有する1ドル相当の価値は制度上同じではない。銀行預金には国や制度によって一定の預金保険が用意される場合があるが、ステーブルコインでは発行体、保管方法、利用サービスによって保護内容が異なる。
今回の36%から56%という数字も、ステーブルコイン利用者の56%が現在保護されているという意味ではない。「銀行並みの不正利用保護と預金保険があれば使いたい」と考える人が増えたという意識調査の結果だ。
また、56%の回答者がステーブルコインを知らなかったことも重要だ。現在の利用意向には、商品への理解度そのものも影響している。今後普及が進むかを見る際には、認知度の上昇と保護制度の整備を分けて確認する必要がある。
Web3Timesの視点
今回の調査で見るべきなのは、「ステーブルコインを使いたい人が増えた」という数字そのものではない。利用者が求めている条件を分解すると、ステーブルコイン普及の競争軸が変わり始めていることが見える。
暗号資産業界ではこれまで、処理速度、手数料、利回り、ブロックチェーン性能が大きく取り上げられてきた。しかし一般消費者が日常的な資金を扱う段階では、問題が起きた際に誰が責任を負うかという制度面が重要になる。
さらに64%が技術より提供主体を重視し、既存金融事業者が提供すると利用意向が45%へ上がった点も無視できない。ステーブルコインの普及を担うのが暗号資産企業だけとは限らず、銀行や世界的な決済ネットワークが利用者との信頼関係を持ったまま、その裏側にステーブルコインを組み込む経路も考えられる。
これはステーブルコインが銀行預金をそのまま置き換えるという構図とは異なる。既存金融が持つ不正対策、本人確認、補償、顧客サポートと、ブロックチェーンが持つ24時間決済や国際送金の機能を組み合わせる市場が形成される可能性がある。
今後注目すべきなのは、ステーブルコインの時価総額がどこまで増えるかだけではない。損失時の保護を誰が提供し、そのコストを誰が負担し、銀行や決済会社がどの部分を担うのかである。ステーブルコインが一般的な決済手段へ近づくほど、普及を決める条件は技術の速さから、金融サービスとしてどこまで安心して使えるかへ広がっていく。
