Last Updated on 2026年9月16日 by oba3
米下院歳入委員会(House Committee on Ways and Means)が、暗号資産の税務処理を広範囲に整理する114ページのデジタル資産税確実性法案(Digital Asset Tax Certainty Act)を公表した。H.R.10357として9月14日にジェイソン・スミス(Jason Smith)委員長が提出したもので、少額のネットワーク手数料、ドル建てステーブルコイン、暗号資産レンディング、ウォッシュセール、採掘、ステーキング、ブローカー報告などを一つの法案で扱う。CLARITY法案がSECとCFTCの監督境界を整理する市場構造法であるのに対し、今回の法案が対象にするのは内国歳入法だ。暗号資産を誰が監督するかとは別に、実際に使い、貸し、運用し、報酬を得たときに税金をどう計算するかを制度化しようとしている。
何が起きたのか?
H.R.10357は7つのタイトルで構成され、下院歳入委員会では米東部時間9月16日午前10時からマークアップが予定されている。マークアップでは委員が修正案を審議し、法案を下院本会議へ前進させるか判断する。現時点では成立済みの税制ではない。
第101条では、暗号資産で支払う一定のネットワーク手数料や取引手数料が10ドル以下の場合、その支払いに使った暗号資産について損益を認識しない少額免除を設ける。重要なのは、10ドル以下の商品購入をすべて非課税にする制度ではないことだ。対象はブロックチェーンのネットワーク手数料や取引・流動性手数料などで、適用開始は2028年からとされている。
第103条では、要件を満たす米ドル建てステーブルコインについて、価格が償還価値の周辺にある場合に税務上も償還価値を基準として扱える仕組みを設ける。取得時には原則として償還価値の99.5%以上、一定の交換では99.5%から100.5%の範囲が基準となる。1ドル連動商品で生じるごく小さな価格差を、毎回複雑な損益計算へつなげないための制度だ。
なぜ重要なのか?
米国では暗号資産は税務上、基本的に財産として扱われる。そのため暗号資産を送金手数料として少額使った場合でも、取得価格と使用時価格の差を確認しなければならないケースがある。取引額が小さくても記録負担が消えないことが、日常利用の障害の一つになってきた。
今回の法案は、こうした実務負担を一律の免税で解決するのではなく、利用頻度や資産の性質に応じて処理方法を変える。広く取引されているデジタル資産については、個々の取引ごとではなく年間単位で損益を計算する簡素化方式を納税者が選択できる制度も設ける。この仕組みも2028年からの適用が予定されている。
暗号資産が投資対象から決済や金融サービスへ広がるほど、税務処理の回数も増える。そこで取引のたびに発生する計算コストをどこまで減らせるかが、実際の利用可能性を左右する。
市場構造への影響
税制は取引所やブロックチェーンの技術仕様を直接決めるものではないが、どの取引が経済的に成立するかには大きく影響する。例えば暗号資産レンディングでは、一定の要件を満たすデジタル資産の貸し出しを直ちに売却・交換として扱わない制度を導入する。
一方、株式などで使われているウォッシュセール規則は取引対象となるデジタル資産にも拡張される。損失を確定させた前後30日以内に同一または実質的に同一の資産を取得した場合、その損失を直ちに税務上利用できない可能性が生じる。トークン化された株式などについても、経済的に同等の原資産との関係を考慮する条項が含まれている。
つまり今回の法案は暗号資産だけを優遇する設計ではない。日常利用に伴う小さな事務負担を減らす一方、金融資産として取引する部分には既存市場で使われてきた租税回避防止ルールを広げる構造になっている。
資金・規制・流動性との関係
採掘とステーキングについては、報酬をデジタル資産検証活動から得た通常所得として扱うことを明文化する。さらに所得が米国内か国外のどちらを源泉とするかについて、納税者の居住地や事業拠点を基準とするルールを設ける。
ここでは業界が求めていた別の選択肢が採用されなかった点も重要だ。6月に検討された先行案には、新たに得た一部の採掘・ステーキング報酬について、受領時ではなく後の売却時まで所得認識を繰り延べる選択肢があった。今回の包括法案にはその仕組みは入らず、報酬の性質を通常所得として整理する方向が採用された。
その一方で、一定の投資信託については保有デジタル資産をステーキングしても、その行為だけを理由に税務上の信託資格を失わない条項を設ける。ETFや信託型商品でステーキングを利用する際の税務上の障害を一部整理する内容といえる。
初心者向け補足
市場構造法と税制法は役割が異なる。CLARITY法案で議論されているのは、暗号資産をSECとCFTCのどちらが監督するか、取引所がどの制度へ登録するかといった市場のルールだ。
今回のデジタル資産税確実性法案は、その市場で取引した利用者や企業がどのタイミングで所得や損失を計上するかを決める。例えばステーブルコインを1ドル近辺で使った際の微小な価格差、ネットワーク手数料、ステーキング報酬など、日常的に発生する税務処理が対象になる。
また法案はまだ委員会段階にある。マークアップを通過した場合でも下院本会議、上院、大統領署名という工程が必要で、現在の内容がそのまま法律になるとは限らない。
Web3Timesの視点
今回の法案で見るべきなのは「暗号資産の税金が安くなるか」ではない。重要なのは、暗号資産を保有するだけの市場から、決済、レンディング、ステーキング、機関商品として日常的に利用する市場へ移る際に、税制がそれぞれの行動へどのような摩擦を与えるかだ。
10ドル以下の手数料免除は小さな条項に見えるが、取引のたびに税務計算が必要になる問題へ直接触れている。ステーブルコインの償還価値を基準にする制度も、ドル決済として利用する商品に毎回キャピタルゲイン計算を求める不整合を減らす狙いがある。
一方、採掘・ステーキング報酬の繰り延べは今回採用されず、ウォッシュセールなどの既存金融市場の規律は暗号資産へ広げられる。利用促進だけでなく、従来資産との税制上の公平性も同時に組み込んだ設計だ。
米国の暗号資産制度を見る際は、SECとCFTCの管轄だけを追っていても全体像は見えない。市場構造法が「誰が市場を監督するか」を決めるのに対し、税制は「その市場を使ったときにどれだけ事務負担と税負担が発生するか」を決める。H.R.10357がどの形で委員会を通過するかは、暗号資産を投資商品から実際に使える金融資産へ広げる際のもう一つの制度基盤になる。
