Last Updated on 2026年8月21日 by oba3
暗号資産取引所クラーケン(Kraken)の親会社ペイワード(Payward)が、米国外でフルバンク機能を持つための銀行免許取得を検討している。報道では欧州、とくにリトアニアが候補地として挙げられており、既存銀行の買収を含む選択肢も検討されているとされる。現時点で銀行買収や免許取得が完了したわけではなく、ペイワードやクラーケンも具体的な案件を正式発表していない。一方で同社はすでに暗号資産取引だけでなく、決済、カストディ、融資、株式、デリバティブ、トークン化資産まで事業を広げている。今回の焦点は取引所の多角化ではなく、暗号資産企業が銀行機能そのものを自社グループへ取り込むことで、顧客資金の保管から取引、決済、信用供与までを一つの金融基盤で扱おうとしている点だ。
何が起きたのか?
2026年7月の報道では、ペイワードが欧州でフルバンク免許を取得する計画を進めており、リトアニアを有力候補として検討しているとされた。その後、既存のリトアニア銀行を買収する案について協議しているとの報道も出ているが、対象銀行の名称や取引条件は明らかになっておらず、成立する保証もない。
ペイワード共同CEOのアルジュン・セティ(Arjun Sethi)は、今後10年で各地域に必要な金融ライセンスを取得し、既存事業の買収または新規立ち上げによって地域ごとの規制基盤を構築する考えを示している。したがって欧州銀行免許の検討は、単発の案件というよりグローバルなライセンス戦略の一部と見ることができる。
現在ペイワードは欧州で暗号資産サービス、電子マネー、投資サービスなど複数の認可を持つ。アイルランドではMiCAに基づく暗号資産サービス事業者として認可され、別法人は電子マネー機関として決済機能を提供している。ただし電子マネー機関の認可は、通常の銀行預金を受け入れ、預金を原資として融資を行うフルバンク免許とは異なる。
米国でもペイワードは銀行機能を段階的に拡張している。ワイオミング州の特別目的預金機関クラーケン・フィナンシャル(Kraken Financial)は2026年3月に連邦準備制度の限定目的口座を取得し、5月にはペイワードがOCCへ国法信託会社の設立申請を行った。欧州でのフルバンク化検討は、こうした規制インフラ拡張の国外版とも言える。
なぜ重要なのか?
暗号資産取引所はこれまで、銀行機能の多くを外部事業者へ依存してきた。利用者が法定通貨を入金する場合は銀行、カード決済では決済会社、融資や利息商品では別の金融事業者と接続する必要がある。
銀行免許を持てば、この一部を自社グループ内へ取り込める可能性がある。預金口座、決済、カード、融資、カストディを暗号資産取引と同じ顧客基盤へ統合できれば、利用者は資金を外部銀行へ戻さずに複数の金融サービスを利用できる。
ペイワード自身も2026年の事業構造で、銀行部門を預金、決済、カード、カストディ、融資を担う「money layer」と位置付けている。つまりクラーケンを単なる暗号資産売買アプリではなく、顧客の現金と金融資産を包括的に管理するインフラへ広げようとしている。
市場構造への影響
暗号資産取引所が銀行免許を取得すると、銀行と取引所の競争領域は大きく重なる。従来は銀行が法定通貨を保管し、暗号資産取引所が売買だけを担当する役割分担が一般的だった。
しかしペイワードのような企業が預金、決済、融資まで持てば、顧客は給料受取、カード利用、資産運用、暗号資産取引を同じ金融グループで完結できる可能性がある。この構造は、暗号資産取引所が銀行へ近づく一方、銀行側も暗号資産カストディやトークン化資産へ進出する動きと重なる。
結果として競争は、銀行対暗号資産企業という単純な業界区分ではなくなる。誰が顧客の現金残高、投資資産、信用供与、決済接点を最も多く同じ口座関係へ集約できるかが重要になる。
特に欧州で銀行免許を取得できれば、MiCAによる暗号資産サービスと銀行法上の預金・融資を一つのグループ内で組み合わせる余地が広がる。これは取引所のサービス追加ではなく、金融業態の境界そのものを薄くする動きだ。
資金・規制・流動性との関係
銀行免許の最大の違いの一つは、預金を扱えることだ。電子マネーや決済残高と異なり、銀行預金は銀行のバランスシート上の負債として管理され、規制、資本、流動性、預金保護などの枠組みに入る。
さらに銀行は、その預金や自己資本を基盤として融資を行える。暗号資産企業がこの機能を持てば、顧客の取引残高を単に保管するだけでなく、信用供与や資産担保融資まで同一基盤で提供できる可能性がある。
一方、銀行免許を取得すれば規制負担も大きくなる。自己資本、流動性、内部統制、信用リスク管理、マネーロンダリング対策、預金保護など、暗号資産取引所とは異なる銀行監督を受ける必要がある。したがってフルバンク化は規制回避ではなく、より重い監督制度へ入る選択でもある。
また現在の計画はまだ検討段階だ。リトアニアでの銀行免許取得や銀行買収が成立した事実はなく、ペイワード自身も具体的な案件を公表していない。今後の監督当局との協議や資本要件によって計画が変更される可能性がある。
初心者向け補足
銀行免許と暗号資産交換業の登録は別物だ。暗号資産取引所はビットコイン(Bitcoin)などの売買や保管を提供できても、通常の銀行預金を受け入れたり、預金を使って融資したりできるとは限らない。
電子マネー機関も銀行とは異なる。電子マネー機関は決済残高や送金サービスを提供できるが、一般的な銀行のような預金業務や信用創造をそのまま行えるわけではない。
ペイワードが検討しているフルバンク化とは、暗号資産取引機能に銀行業務を追加し、現金、決済、融資、投資を同じ金融グループの中で扱えるようにする方向を指す。
ただし現時点でペイワードが欧州銀行免許を取得したわけではない。報道されているのは取得や買収の検討であり、具体的な事業開始時期や提供商品は未確定だ。
Web3Timesの視点
Web3Timesが今回見るのは、クラーケンが銀行サービスを追加するという多角化ニュースではない。焦点は、暗号資産企業が銀行機能を外部から借りるのではなく、規制ライセンスごと自社グループへ取り込もうとしていることだ。
暗号資産取引所はこれまで、銀行口座から入金された資金を受け取り、その資金を暗号資産へ変える入口として成長した。しかし預金、カード、融資、カストディまで自社で持てば、利用者の資金は取引の前後も同じグループ内に残る。
この変化は収益構造にも影響する。取引手数料だけでなく、預金残高、決済、融資、資産管理から収益を得られるようになれば、暗号資産価格や売買高への依存を下げられる可能性がある。一方で信用リスクや銀行規制も同時に引き受けることになる。
今後注目されるのは、ペイワードがリトアニアで実際に銀行免許を取得するかだけではない。銀行を買収するのか新規申請するのか、欧州の預金・融資機能をクラーケンの暗号資産・株式・トークン化資産サービスとどこまで統合するのか、そして既存銀行が暗号資産機能を拡大する速度とどちらが速いのかが焦点になる。金融業界の競争は、銀行が暗号資産へ入る動きと暗号資産企業が銀行になる動きが同時に進むことで、業態そのものを再設計する段階へ入っている。
