Last Updated on 2026年8月31日 by oba3
米商品先物取引委員会(Commodity Futures Trading Commission・CFTC)が、ホワイトハウスでテレプロンプター操作を担当していたガブリエル・ペレス(Gabriel Perez)氏に対し、大統領演説の未公表情報を利用してイベント契約を取引したとして、利益返還と民事制裁金を合わせ17万2539.02ドルの支払いを命じた。取引の舞台となったのは予測市場カルシ(Kalshi)の大統領発言市場だった。重要なのは政府職員による珍しい不正取引が発覚したことだけではない。予測市場が金融市場として成長するほど、企業決算だけでなく政府発表、演説、選挙、スポーツなどの非公開情報にも、証券市場に近い監視と執行が必要になることだ。
何が起きたのか?
CFTCは2026年8月28日、ペレス氏について商品取引所法とCFTC規則に違反したとして行政処分を発表した。CFTCの認定によると、ペレス氏は2025年12月から2026年2月までホワイトハウスのテレプロンプター担当者として勤務し、大統領が演説する前に原稿へアクセスできる立場にあった。
ペレス氏が取引したのは、ドナルド・トランプ(Donald Trump)大統領が演説中に特定の単語や表現を使うかを対象とするメンション・マーケットと呼ばれるイベント契約だった。CFTCはこれらをスワップとして扱い、ペレス氏が職務上知り得た重要な未公表情報を、信頼義務に反して個人的な取引へ利用したと認定した。
違法取引によって得た利益は10万7539.02ドルとされ、その全額返還に加え6万5000ドルの民事制裁金が科された。合計は17万2539.02ドルとなる。またCFTC登録市場での取引を3年間禁止し、今後同様の違反を行わないよう命じた。民事制裁金は、調査への協力が高く評価されたことから減額された。
カルシ側は不自然な取引を監視システムで検知し、口座を調査したうえでCFTCへ情報提供したとされる。CFTCも処分発表でカルシの協力を明記している。つまり今回の摘発は、規制当局が外部から取引を発見しただけではなく、取引所自身の市場監視が入口になった。
なぜ重要なのか?
株式市場では、企業内部の未公表決算や買収情報を使った取引が問題になる。一方、予測市場では情報優位が生まれる場所が企業内部に限られない。政府職員は政策発表や演説内容、選挙関係者は選挙活動、スポーツ関係者は選手の状態など、イベントの結果や条件を一般市場より早く知る可能性がある。
イベント契約の商品数が増えるほど、内部情報を持ち得る人物の範囲も広がる。そのため市場の公正性を維持するには、誰がどの情報へアクセスできたのかを取引データと照合する監視能力が必要になる。
市場構造への影響
予測市場が小規模な娯楽市場であれば、内部情報による取引は個別の利用規約違反として処理されることも考えられる。しかしカルシはCFTC登録市場として運営され、イベント契約は規制されたデリバティブとして取引されている。市場規模や機関参加が増えれば、価格形成の信頼性は取引所としての基礎条件になる。
特に大統領演説のような市場では、価格が参加者全体の予想を反映しているのか、一部の内部関係者が結果を事前に知って売買しているのかで意味が大きく変わる。内部情報取引が常態化すれば、一般参加者は価格を公正な予測として信頼できなくなり、流動性を提供するマーケットメーカーにも不利になる。
今回CFTCが未公表情報の不正利用として処分したことで、イベント契約にも従来のデリバティブ市場と同様の市場公正性が求められることが明確になった。
資金・規制・流動性との関係
内部情報規制は道徳上の問題だけではなく、市場流動性にも関係する。取引相手が自分より結果を確実に知っている可能性が高ければ、通常の投資家やマーケットメーカーは取引条件を悪化させたり、市場から撤退したりする。その結果、売買価格差が広がり、注文量が減る可能性がある。
予測市場が政治、経済指標、企業イベントなどへ広がるほど、取引所には異常な勝率、取引直前の急激なポジション変更、利用者の職業やイベントとの関係などを組み合わせた監視が必要になる。カルシが今回の取引を自ら検知して当局へ共有したことは、この監視機能がすでに取引所インフラの一部になっていることを示す。
一方、CFTCの処分はイベントに関する情報を持つ人物が一切取引できないという一般ルールを新設したものではない。今回問題とされたのは、職務上の信頼関係によって得た重要な未公表情報を私的利益のために利用した点である。
初心者向け補足
予測市場では、ある出来事が起きるかどうかを契約として売買する。例えば大統領が演説で特定の単語を使うという契約なら、実際にその単語が使われたかによって最終的な支払いが決まる。
通常の参加者は公開情報から結果を予想する。しかし演説原稿を事前に読める人物なら、他の参加者より圧倒的に有利になる。今回CFTCが問題にしたのは、まさにその情報格差を職務上得た人物が取引へ利用したことだ。
Web3Timesの視点
今回の事件を元ホワイトハウス職員による特殊な不正として扱うだけでは不十分だ。予測市場が金融市場化するほど、内部情報という概念そのものが企業の決算情報から政府、政治、スポーツ、テクノロジーなど幅広い領域へ拡張する。
カルシのような市場が機関投資家や大口流動性を呼び込むには、契約設計だけでなく、情報優位を悪用した取引を発見できる監視基盤が必要になる。今回の処分では取引所自身の検知とCFTCの執行が接続された。これは予測市場が独自ルールだけで運営される段階から、金融市場型の監視と処分体系を備える段階へ進んでいることを示す。
今後見るべきなのは17万2539ドルという支払額ではない。政府職員、企業従業員、選挙関係者などが持つ非公開情報をどのように検知し、取引所と規制当局がどこまで共有できるのかが重要になる。予測市場が現実世界の出来事を金融商品へ変換するほど、その市場を成立させる条件は予測精度ではなく、情報を持つ人物と持たない人物が同じ市場で取引しても公正性を維持できる監視インフラへ移っていく。
