シンガポールがステーブルコインに100%準備と利回り禁止を提案、決済通貨と投資商品の境界が発行体の事業モデルを左右へ

Last Updated on 2026年9月2日 by oba3

シンガポール金融管理局(Monetary Authority of Singapore・MAS)が、規制対象となるステーブルコインについて100%以上の準備資産を求めるとともに、保有者への利息や保有残高に連動した利益提供を禁止する制度案を示した。注目されやすいのは準備率だが、今回の重要点はそれだけではない。MASはステーブルコインを銀行預金のような利回り商品ではなく、支払いやトークン化金融市場の決済資産として位置付けようとしている。どこまでを「デジタル通貨」とし、どこからを「投資商品」と扱うのか。その制度境界が発行体の収益モデルや競争条件を変える可能性がある。

目次

何が起きたのか?

MASは2026年9月1日、単一通貨建てステーブルコインを対象とする規制枠組みを法律へ反映するため、2019年決済サービス法の改正案について意見募集を開始した。意見募集は10月16日まで行われ、現時点では最終規則ではない。具体的な施行時期もまだ公表されていない。

提案では、発行済みステーブルコインの価値に対して少なくとも100%の準備資産を常時維持することを発行体に求める。準備資産は発行会社自身の資産とは分別して管理し、認可された金融機関で保管する方向が示されている。利用者が額面で償還できる仕組みや、十分な資本、情報開示なども規制の柱となる。

もう一つの重要な提案が利回りの禁止だ。MASは規制ステーブルコインの発行体が保有者へ利息を支払ったり、保有残高に連動する利益を提供したりすることを認めない方針を示した。MASはステーブルコインを決済に利用できる資産と位置付ける一方、一般利用者が銀行預金のように利回りを得るための商品として利用することには慎重な立場を取っている。

制度上の要件を満たし、専用ライセンスを取得した発行体だけが「MAS規制ステーブルコイン」を名乗れる仕組みも提案された。対象外のステーブルコインは、引き続きデジタル決済トークンとして別の規制枠組みで扱われる。

なぜ重要なのか?

ステーブルコインの安全性を考える際、100%準備は分かりやすい論点だ。1ドル相当のトークンを発行するなら、それに対応する安全性と流動性の高い資産を確保し、利用者が償還を求めた際に応じられる状態を維持するという考え方になる。

しかし今回の制度案では、それと同じくらい「利回りを誰が提供できるか」が重要になる。発行体が準備資産として国債などを保有すれば、その資産から収益を得られる場合がある。その収益をそのままトークン保有者へ還元することを認めれば、ステーブルコインは単なる決済手段ではなく、預金や短期金融商品と競合する存在に近づく。

MASはここに境界線を引こうとしている。決済用ステーブルコインには価値安定性と償還性を求める一方、保有するだけで利回りが発生する商品とは制度上分ける。この整理が定着すれば、ステーブルコイン発行と利回りサービスを同じ商品内で完結させる事業モデルは取りにくくなる。

市場構造への影響

ステーブルコイン市場では、発行体だけでなく取引所、ウォレット、レンディング、資産運用サービスが組み合わさり、利用者へさまざまな利回り商品を提供してきた。そのため「ステーブルコインそのものが生む利回り」と「別の金融サービスへ預けることで得る利回り」が利用者から見ると近い形で提示されることがある。

MASの提案は、この二つを制度上切り分ける方向を示している。規制ステーブルコイン自体は額面価値を維持して決済や清算に使う。一方、利回りを求める場合には別の商品やサービスとして適切な規制を適用する。そうなれば、発行体は高い利率を競うのではなく、償還の確実性、利用可能な決済網、取引所や金融機関との接続性などで競うことになる。

これはステーブルコイン市場を「高利回りのデジタルドル市場」から「信頼できる決済資産を競う市場」へ整理する制度設計とも読める。ただし実際に利用者や発行体がどのように行動するかは、最終規則や周辺サービスへの規制によって変わる。

資金・規制・流動性との関係

100%準備と分別管理は、利用者保護だけでなく発行体の資金運用にも影響する。発行体は準備資産を自由に事業資金へ転用することが難しくなり、常に償還へ対応できる流動性を確保する必要がある。その代わり、制度上の信頼性を高め、銀行や機関投資家が決済資産として利用しやすくする狙いがある。

一方、利回りを禁止すれば、発行体が準備資産から得る収益と利用者が受け取る利益は切り離される。発行体にとっては準備資産収益が重要な収益源になり得るが、利用者獲得を利率競争だけに頼ることはできない。送金コスト、償還速度、対応チェーン、取引所への流通、企業決済への導入などがより重要になる。

MASは外国で発行されたステーブルコインについても、同等と認められる海外規制の下にある一部銘柄を認定する仕組みを検討している。またシンガポールと海外の発行体が共同で発行する形も議論している。将来的に相互承認が進めば、各国で別々のステーブルコインを作るだけではなく、複数の規制圏をまたいで利用できる決済資産を形成する余地も出てくる。

初心者向け補足

100%準備とは、例えば100億円相当のステーブルコインを発行した場合、それに対応する100億円以上の準備資産を保有する考え方だ。利用者がステーブルコインを発行体へ返した際、額面どおりの法定通貨へ交換できる状態を維持することが目的となる。

一方、利回り禁止は「ステーブルコインを使って利益を得る行為がすべて禁止される」という意味ではない。今回の焦点は規制ステーブルコインの発行体が、トークンを保有していること自体を理由として利息などを支払う行為だ。別の金融サービスや運用商品については、それぞれ適用される規制を確認する必要がある。

また今回の内容はまだ提案段階である。意見募集を経て制度内容が変更される可能性があり、準備資産の具体的な構成や償還手続きなど一部の詳細については、今後の下位規則でも示される予定だ。

Web3Timesの視点

今回のニュースを100%準備という数字だけで読むと、ステーブルコイン規制の半分しか見えない。より重要なのは、MASが「決済のためのデジタル通貨」と「利回りを生む金融商品」を意識的に分離しようとしていることだ。

ステーブルコインが保有するだけで利息を生むようになれば、銀行預金、マネーマーケット商品、短期国債への投資などと競争する性格が強くなる。一方、利回りを切り離せば、ステーブルコインの役割は価値保存よりも送金、清算、トークン化資産の受け渡しといった決済機能へ寄る。

この違いは発行体の戦略を大きく左右する。高い利回りを提示できない市場では、利用者を集めるために決済ネットワーク、金融機関との接続、国際的な償還経路、規制上の信頼性を整える必要がある。ステーブルコイン事業者の競争軸そのものが変わり得る。

今後見るべきなのは準備率の数字だけではない。シンガポールが利回り商品をどの規制領域へ切り分けるのか、外国発行ステーブルコインをどこまで認めるのか、そして銀行やトークン化金融市場がMAS規制ステーブルコインを実際の決済資産として採用するかだ。そこで利用が広がれば、ステーブルコインは暗号資産市場のドル代替から、制度金融の決済レイヤーとして評価される段階へ進むことになる。

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