Last Updated on 2026年7月28日 by oba3
ニューヨーク州司法長官のレティシア・ジェームズ(Letitia James)が、米国の暗号資産市場構造を定めるCLARITY法案について、州や地方当局が詐欺や違法行為を取り締まる権限を弱める恐れがあると警告した。連邦法によって事業者の監督区分を明確にすることには一定の利点がある一方、州法に基づく捜査や訴訟まで制限されれば、連邦当局と州当局が重ねて執行する現在の消費者保護体制が縮小する可能性がある。今回の焦点は連邦規制と州規制のどちらが優れているかではない。全国共通ルールを作る代わりに、州が地域の被害へ独自に対応する権限をどこまで残すかという制度上の交換条件にある。
何が起きたのか?
ジェームズ州司法長官は2026年7月27日、米上院国土安全保障・政府問題委員会の常設調査小委員会へ提出した書面証言で、暗号資産企業に対する監督と消費者保護を強化するよう議会へ要請した。
同氏は、CLARITY法案が州の投資家保護法へ優先し、州や地方の法執行機関が暗号資産詐欺を捜査、提訴する能力を薄める可能性があると主張した。ニューヨーク州司法長官事務所によると、州内から寄せられた暗号資産詐欺に関する苦情は過去3年間で3倍に増え、過去5年間に報告された被害額は合計約5億ドルに達した。
ニューヨーク州はこれまで、テザー(Tether)、ジェミナイ(Gemini)、ジェネシス(Genesis)、クーコイン(KuCoin)などを対象に、州法に基づく調査や訴訟、和解を行ってきた。ジェームズ氏は、州当局が連邦当局を補完し、地域の被害者に近い位置から詐欺や虚偽表示を追及してきたと説明している。
上院共和党が7月22日に示した更新文案は、上院銀行委員会と農業委員会が扱ってきた内容を一つの枠組みにまとめたものとされる。文案には政府高官の暗号資産関与を制限する倫理規定も追加されたが、その執行権限は連邦司法長官に限定され、州司法長官や民間当事者による提訴を認めない構成が含まれている。
ただし、法案が州のすべての詐欺取締権限を消滅させると確定したわけではない。どの州法が連邦法によって排除されるのか、一般的な詐欺防止法や消費者保護法まで影響を受けるのかは、最終条文と将来の裁判所判断によって変わる。現在は法案審議中であり、州権限に関する規定も修正される可能性がある。
なぜ重要なのか?
米国の金融規制は、連邦当局と州当局が同じ市場を異なる法律で監督する複層構造を持つ。暗号資産事業者も、連邦の証券法や商品取引法、金融犯罪対策に加え、州の送金業免許、消費者保護法、詐欺防止法などへ対応している。
この仕組みは企業に複数の規則へ対応する負担を与える一方、連邦当局が動かない場合でも州司法長官が独自に捜査できる利点がある。被害が特定地域へ集中した場合や、州民を対象とした広告、勧誘、資産保管に問題がある場合、州は連邦政府とは別の根拠で企業へ返金や業務改善を求められる。
CLARITY法案が連邦の監督区分を優先し、州による独自執行を広く制限すれば、企業は全国で異なる規則へ対応する負担を減らせる可能性がある。一方、連邦当局が十分な人員や予算を確保できなければ、州が担ってきた捜査や被害回復まで減る恐れがある。
重要なのは、規則を統一することと執行主体を一つに絞ることは同じではない点だ。全国共通の登録基準を設けながら、詐欺や虚偽表示について州当局の権限を残す設計も考えられる。法案がどこまで州法を排除するかによって、規制明確化と消費者保護の均衡は変わる。
市場構造への影響
暗号資産企業にとって、州ごとに異なる免許や執行基準は参入費用を高める要因となってきた。連邦法が優先されれば、取引所、ブローカー、ディーラーなどは共通の登録制度を前提に、複数州へサービスを展開しやすくなる可能性がある。
しかし、州の権限縮小は単なる法務費用の削減ではない。詐欺被害が起きた際、誰が調査を始め、誰が顧客資産の返還を求め、誰が企業の業務停止を申し立てられるかという執行経路そのものが変わる。
連邦当局へ監督と執行が集約されれば、全国で一貫した判断を出しやすくなる反面、案件の優先順位も少数の機関へ集中する。被害額が全国規模では小さく見えても、特定州の住民へ深刻な影響を与える事件が後回しになる可能性がある。
反対に、州ごとの独自執行を広く認めれば、同じ事業や商品について複数の州から異なる要求が出ることも考えられる。企業は一つの連邦登録を取得しても、州ごとの広告、販売、顧客対応を確認し続ける必要があり、全国共通市場を作るという法案の目的が弱まる。
市場設計上の争点は、連邦監督と州執行をどの業務で分けるかである。資産分類や事業者登録は連邦基準へ統一しながら、詐欺、虚偽説明、不公正な契約、顧客資産の流用について州法を適用する方法もある。最終文案がこの境界を明確にできるかが重要になる。
資金・規制・流動性との関係
州司法長官が持つ執行権限は、違反企業への罰金だけでなく、利用者への返金や資産回収にも関係する。ニューヨーク州は過去の暗号資産案件で、企業へ顧客資産の返還や営業方法の変更を求めてきた。州の提訴権限が狭まれば、被害者が資金を回収するための経路も減る可能性がある。
一方、複数の州が同じ企業へ別々の調査や命令を出せば、企業の資金や人員が法令対応へ拘束される。連邦法による統一は、この重複を減らし、商品開発や顧客保護システムへ資金を振り向けやすくする利点を持ち得る。
問題は、法令対応費用の削減分が実際に利用者保護へ使われる保証がないことだ。州の監視が弱まり、連邦当局の執行も限定的であれば、企業が負う実質的な責任だけが軽くなる場合がある。登録制度の明確化と、違反時に確実な救済を提供する仕組みを同時に整える必要がある。
ジェームズ氏は州権限の維持に加え、暗号資産事業者へのマネーロンダリング対策と顧客確認、異常取引の監視、詐欺被害に対する金銭的責任を求めている。また、資金洗浄用のミキサーなどを経由し、完全な追跡が難しい暗号資産をドルへ交換することへの制限も提案した。
これらの要求が法案へ追加されれば、取引所や分散型金融の仲介事業者には監視と補償の費用が増える可能性がある。反対に、対象範囲が曖昧なまま責任を広げれば、中央管理者を持たないソフト開発者や非管理型サービスまで同じ義務を負う恐れがある。州権限を残す場合も、誰が顧客資産や取引を実際に管理しているかに応じた区分が必要だ。
初心者向け補足
連邦法の優先とは、連邦政府が定めた法律と州法が衝突した場合に、一定の範囲で連邦法が優先される仕組みである。ただし、連邦法が成立すれば州の法律がすべて使えなくなるわけではない。法案がどの分野を明確に排除しているかによって影響は異なる。
州司法長官は、州民を狙った詐欺や不公正な商取引を調査し、企業を提訴できる州の法執行責任者である。連邦当局とは別に動けるため、同じ企業が州と連邦の双方から調査を受けることもある。
CLARITY法案で問われているのは、州規制を残すか廃止するかという単純な二択ではない。資産分類や事業者登録を全国で統一しつつ、州が詐欺や消費者被害へ対応する権限をどの程度維持できるかが争点となる。
Web3Timesの視点
ジェームズ州司法長官の警告を、ニューヨーク州と暗号資産業界の対立としてだけ読むべきではない。中心にあるのは、連邦市場構造法を成立させる際に、企業が求める全国共通ルールと、州が持つ現場の執行能力をどう組み合わせるかという問題である。
暗号資産企業にとっては、州ごとに異なる登録や調査へ対応するより、連邦当局の監督へ一本化される方が事業計画を立てやすい。一方、利用者にとって重要なのは監督機関の数ではなく、被害が起きた際に実際に捜査し、資産返還を求める主体が存在するかである。
更新された倫理規定で州司法長官の提訴権限を認めない構成は、この問題を分かりやすく示している。全国で同じ倫理基準を適用できても、連邦司法長官が執行しなければ、州が独自に責任を追及する経路は閉じる。規則の統一が執行の空白につながらない設計が必要になる。
今後確認すべきなのは、法案が州法を優先排除すると書いているかだけではない。一般的な詐欺防止法、消費者保護法、送金業規制、州証券法のどこまで残るのか、州司法長官が連邦基準を執行できるのかを見る必要がある。CLARITY法案の評価は、連邦規制が明確になるかだけでなく、その明確化と引き換えに地域の被害回復手段がどこまで失われるかによって決まる。
