Last Updated on 2026年8月18日 by oba3
分散型金融レンディングの初期を代表するコンパウンド(Compound Finance)が、5200万ドルの予算と経営陣の刷新を伴う新戦略を打ち出し、機関投資家向け事業へ軸足を移している。計画には現実資産のトークン化、金融機関との統合、伝統金融の要件に対応した信用インフラの開発が含まれる。重要なのは、預かり資産がピークから減ったこと自体ではない。個人が暗号資産を担保に許可なく借りる市場として成長したDeFiが、銀行や資産運用会社などを顧客とする金融基盤まで取り込もうとしていることだ。ただしコンパウンドがパーミッションレスな仕組みを全面的に捨てると決まったわけではなく、既存のオンチェーン基盤に機関向けの商品・信用レイヤーを追加する転換として見る必要がある。
何が起きたのか?
コンパウンドは2026年8月17日、経営体制を刷新するとともに、DAOが過去最大となる5200万ドル規模の予算を承認したことを明らかにした。新戦略では、機関投資家からの資金を呼び込むことを主要目標とし、現実資産、パートナー企業との統合、伝統金融市場向けの信用インフラへ事業領域を広げる。
新体制には、コインベース・カストディ(Coinbase Custody)の元最高経営責任者アーロン・シュナーク(Aaron Schnarch)がエグゼクティブディレクターとして加わる。最高執行責任者にはニア財団(NEAR Foundation)で同職を務めたクリストファー・ドノバン(Christopher Donovan)、最高製品責任者にはメープル・ファイナンス(Maple Finance)の成長に携わったスティーブン・リュー(Steven Liu)が就任した。ほかにもアンカレッジ・デジタル(Anchorage Digital)、HSBC、ブロードリッジ(Broadridge Financial)などの経歴を持つ人材が参加する。
コンパウンドは2018年から暗号資産レンディングを展開し、銀行を介さず預金と借り入れを行えるDeFiモデルの普及を支えた。開始以来の預け入れ・借り入れの累計取引規模は約4800億ドルとしている。一方、現在のTVLは約12億ドルで、2021年のピーク約120億ドルから大きく減少している。
今回の5200万ドルは、単なる運営費の増額ではない。縮小したTVLを以前と同じ個人向けDeFiモデルだけで取り戻すのではなく、機関信用やRWAを含む別の顧客市場へ成長源を移すための投資と位置付けられている。
なぜ重要なのか?
初期のDeFiレンディングは、ウォレットを接続すれば本人確認や銀行審査を受けずに利用できることが特徴だった。コンパウンドやアーベ(Aave)は、暗号資産を担保として預け、その価値に応じて別の暗号資産を借りる仕組みをスマートコントラクトで自動化した。
しかし銀行や資産運用会社が同じ仕組みを利用する場合、必要条件は大きく変わる。機関投資家はコードが動くだけでは資金を投入できず、法的な資産権、本人確認、カストディー、リスク管理、会計、監査、信用評価などを確認する必要がある。
コンパウンド側も、現在のDeFi商品は伝統金融が求めるコンプライアンスや技術要件を十分満たしていないとの認識を示している。そのため今回の戦略は、既存プロトコルへ機関投資家をそのまま呼び込むというより、機関が利用できるよう商品構造や接続方法を作り直す動きに近い。
ここに今回の転換の意味がある。DeFiの競争軸が、最も高い利回りを提示できるか、最も多くの個人資金を集められるかだけではなく、機関のリスク委員会や法務部門が承認できる金融商品を構築できるかへ広がっている。
市場構造への影響
コンパウンドの戦略を「無許可型DeFiをやめて中央集権金融へ移る」と読むのは単純化しすぎる。パブリックブロックチェーン上のスマートコントラクトを基盤として残しながら、その上に現実資産や機関信用、規制対応を必要とするサービスを追加する方向だからだ。
このモデルが広がれば、DeFiは二つの利用層を持つ可能性がある。一つはウォレットから直接アクセスする従来型のパーミッションレス市場。もう一つは、認証された企業、カストディアン、資産運用会社などが制度要件を満たして利用する機関向け市場だ。
特にRWAと信用は、従来の暗号資産担保レンディングとは構造が異なる。暗号資産だけを担保にする場合はオンチェーン価格を使って自動清算しやすいが、企業融資やトークン化債券では借り手の信用力、法的請求権、オフチェーンでの返済能力などを評価する必要がある。
そのためプロトコルの競争力も、スマートコントラクトの効率だけでは測れなくなる。金融機関との提携、信用審査、法的執行、資産保管、オンチェーン決済を一つの流れとして接続できるかが重要になる。コンパウンドの5200万ドル予算は、その機能を獲得するための組織投資と見ることができる。
資金・規制・流動性との関係
機関向けDeFiへ進む最大の理由の一つは、扱える資金の性質が変わることだ。個人の暗号資産担保ローンでは市場価格に連動した短期資金が中心になりやすい。一方、RWAや機関信用へ広がれば、国債、企業信用、資産運用商品など、より大きな伝統金融資産をオンチェーンへ取り込める可能性がある。
ただし機関資金を呼び込むには、規制対応が競争条件になる。本人確認された借り手だけが参加する市場や、認可カストディアンを利用する商品、特定法域の投資家だけが保有できるトークンなど、アクセス制限を含む設計が必要になる場合がある。
この点では、DeFiの価値である自由なアクセスと機関向けコンプライアンスの間に緊張関係もある。規制対応を強めるほど利用者が限定される可能性があり、反対に完全な無許可性を維持すれば金融機関のリスク基準を満たしにくい。コンパウンドがどこに境界を引くかは今後の重要な論点になる。
また5200万ドルの予算や新しい経営陣だけで、機関資金の流入が保証されるわけではない。金融機関が評価するのは人材だけでなく、損失時の責任分担、担保管理、信用リスク、法的執行可能性などの構造だ。新戦略が実際の融資残高やRWA利用へつながるかは今後確認する必要がある。
初心者向け補足
DeFiレンディングとは、銀行の代わりにスマートコントラクトを使って暗号資産の預け入れや借り入れを行う仕組みだ。コンパウンドはこの分野を早期から広げた代表的なプロトコルの一つである。
TVLはトータル・バリュー・ロックド(Total Value Locked)の略で、プロトコルに預けられている資産総額を示す。利用規模を見る代表的な指標だが、TVLだけで収益性や利用者の質、信用市場の規模まで判断することはできない。
RWAはリアル・ワールド・アセット(Real World Assets)の略で、国債、企業融資、不動産など現実世界に存在する資産や権利をブロックチェーン上で扱う考え方だ。暗号資産だけを担保にするDeFiより、伝統金融との接点が大きくなる。
今回の転換も、一般利用者が直ちにコンパウンドを使えなくなるという発表ではない。機関投資家向けの金融商品や接続基盤を新しい成長分野として追加する戦略が示された段階だ。
Web3Timesの視点
Web3Timesが今回見るのは、コンパウンドのTVLがピークから約90%減ったという衰退ニュースではない。より重要なのは、初期DeFiを代表するプロトコルが「次の顧客は誰か」という問いに対し、金融機関を明確に選び始めたことだ。
DeFiサマーでは、匿名性の高いウォレットユーザーが流動性を供給し、暗号資産を担保として借り入れ、その資金を別のプロトコルへ再投入することで市場が拡大した。現在コンパウンドが狙うのは、それとは異なる資金だ。RWA、企業信用、機関投資家の運用資金をオンチェーンへ載せるには、利回りだけでなく法務、カストディー、監査、信用管理まで必要になる。
これはDeFiが中央集権化するという一方向の変化ではない。パーミッションレスな決済・清算基盤を残しながら、その上に認可された顧客や現実資産を扱う金融レイヤーを重ねる動きと見る方が近い。ブロックチェーンが誰でも使えることと、特定の金融商品に誰でも参加できることは別の設計になり得る。
今後見るべきなのは、コンパウンドのTVLが何ドルまで回復するかだけではない。5200万ドルの予算が実際にどのRWA商品、信用市場、金融機関との統合へ使われるのか、機関向け機能と既存のパーミッションレス市場をどのように共存させるのかが重要になる。初期DeFiの次の競争は、個人ユーザーだけを奪い合う市場から、オンチェーン技術を使って伝統金融の信用と資産を誰が取り込めるかという市場へ広がり始めている。
