Last Updated on 2026年7月22日 by oba3
マレーシア南部ジョホール州のイスカンダル・プテリ市議会は、フォレストシティで運営されていたネットワーク・スクール(Network School)の事業免許を取り消し、2026年7月22日から全活動を停止するよう命じた。運営主体はNS0マレーシア(NS0 Malaysia)で、ネットワーク・スクールは元コインベース(Coinbase)最高技術責任者のバラジ・スリニバサン(Balaji Srinivasan)氏が設立した起業家向けの居住・学習コミュニティである。
今回の焦点は、ネットワーク国家という思想が支持されるかどうかではない。海外の起業家や技術者を集めるコミュニティであっても、実際の活動には施設の用途、事業免許、在留資格、入国目的、地域行政との調整が必要になる。オンラインで形成された共同体が現実の土地へ拠点を置いた瞬間、国家や地方自治体の制度から独立して運営することはできない。
何が起きたのか?
ジョホール州政府は7月21日、イスカンダル・プテリ市議会による免許取り消しを支持すると発表した。市議会は、立ち入り検査の報告、執行機関による確認結果、会社側から提出された説明を検討したうえで、ネットワーク・スクールの事業免許を取り消したとしている。
州政府の説明では、苦情や情報の確認、施設検査、法令に適合していない事項の特定、会社側への説明機会などを経て措置が決定された。具体的にどの免許条件へ違反したのか、すべての違反項目や是正要求の詳細は現時点で公表されていない。そのため、施設運営のどの部分が直接の取り消し理由になったかは、今後の行政文書や会社側の説明を確認する必要がある。
ネットワーク・スクールを巡っては、イスラエル国籍者が別の国の旅券を使って参加していたとの主張がオンライン上で広がり、マレーシア当局が入管状況を調査していた。入国管理当局は施設で外国人266人を確認し、調査時点では有効な渡航書類を所持していたと説明している。
したがって、イスラエル国籍者の不法入国が確認されたことを理由に施設が閉鎖されたと断定することはできない。州政府は、旅券の不正利用、身元の虚偽申告、入国条件違反などがあれば関係機関が引き続き調査すべきだとしているが、免許取り消しは市議会による事業運営上の審査を経て決定された。
ネットワーク・スクール側は調査の前後に、マレーシアで予定していた追加投資を保留すると表明していた。報道では、計画額は約5億リンギットとされる。ただし、計画の詳細、資金の支出時期、法的な投資契約の有無は十分に明らかになっていない。
なぜ重要なのか?
ネットワーク・スクールは、起業家や技術者が同じ場所で生活し、事業開発、学習、健康管理、オンライン発信に取り組む共同体として運営されてきた。スリニバサン氏が提唱するネットワーク国家の構想とも結び付けて語られ、デジタル上で形成されたコミュニティが将来的に土地や行政機能を持つ可能性を示す実験として注目されていた。
しかし、思想上の共同体と、現地で営業する法人は別の存在である。参加者が長期間滞在する施設には、宿泊、教育、研修、共同住宅、イベント運営など複数の法的区分が関係する可能性がある。どの許可を取得し、認可された用途の範囲で何を提供できるのかは、運営者が独自に決められない。
外国人参加者を受け入れる場合は、入国時に申告した目的と実際の活動が一致しているかも問われる。観光、デジタルノマド、専門業務、就労では必要な在留資格が異なる。施設側が学校や企業と名乗っていても、参加費を受け取り、研修、居住、業務支援を一体で提供する場合、単一の免許だけで対応できるとは限らない。
今回の措置は、ネットワーク国家という構想そのものをマレーシアが法律で禁止したことを意味しない。一方で、国家を越えたデジタル共同体であっても、物理的な拠点を持つ以上、地方自治体の営業許可と国の入管制度に従わなければ活動を継続できないことを示した。
市場構造への影響
暗号資産やWeb3を基盤とするコミュニティは、オンラインで参加者、資金、意思決定を集めやすい。トークンや会員制度を使えば、国境を越えて共同体を形成できる。しかし、居住施設、オフィス、学校、データセンターなどを運営する段階では、土地の所有権、建物用途、税務、雇用、消防、保健、入管といった現地制度へ接続する必要がある。
この違いは、ネットワーク国家型プロジェクトの拡大方法を左右する。オンライン上では一つの規約で世界中の参加者を受け入れられても、物理拠点は国や都市ごとに別法人と免許を用意しなければならない。共同体のブランドが共通でも、実際の運営は地域単位に分かれる。
その結果、ネットワークの規模が大きいことと、各拠点を安定運営できることは別の評価軸になる。会員数、著名参加者、投資計画が大きくても、土地利用や営業条件に適合しなければ拠点は停止する。デジタル共同体の成長力は、オンラインで人を集める能力だけでなく、自治体や規制当局と長期的な運営条件を整えられるかによって決まる。
フォレストシティは、シンガポールに近い大規模不動産開発地域であり、外国人投資や技術人材の誘致先として期待されてきた。空室や未利用施設を新しいコミュニティへ転用することには地域経済上の利点がある一方、施設の実際の用途が当初の免許と異なれば、行政側は営業実態を再評価することになる。
資金・規制・流動性との関係
ネットワーク・スクールのような拠点型コミュニティでは、施設取得、賃貸、改修、人員、イベント、参加者支援へ継続的な資金が必要になる。運営免許が失われれば、参加費や施設利用料の受け取りが止まり、投資済み設備を活用できなくなる可能性がある。
追加投資が保留されれば、地域側にも影響が及ぶ。雇用、宿泊、飲食、交通、周辺サービスへの支出が減る可能性があるためだ。ただし、投資額の大きさを理由に、法令上の要件が免除されるわけではない。州政府も、経済に貢献する投資を歓迎する一方、投資家や企業を法の適用外には置かない姿勢を示している。
規制面では、中央政府と地方自治体で役割が分かれる。入国資格や旅券の確認は国の入管当局が担当し、施設の事業免許や用途は市議会など地方行政が判断する。デジタル産業の認定や優遇措置が与えられていても、それだけで営業許可や入管条件が満たされるわけではない。
この分業は、海外企業にとって見落としやすい。中央政府の投資誘致策やデジタル認定を得ても、地方の施設許可、消防基準、宿泊規則、事業区分が別に存在する。ネットワーク国家型プロジェクトが複数国へ広がる場合、各地域でどの行政機関が停止権限を持つのかを把握する必要がある。
初心者向け補足
ネットワーク国家とは、インターネット上で価値観や目的を共有する人々が共同体を作り、資金や意思決定を集約し、将来的には物理的な拠点や政治的な承認を得るという構想である。通常の国家のように、最初から領土や法制度を持つわけではない。
ネットワーク・スクールは国家として承認された組織ではなく、マレーシア法人が運営する民間コミュニティだった。そのため、参加者が独自の思想やルールを共有していても、施設運営にはマレーシアの法律と自治体の許可が適用される。
事業免許の取り消しは、建物そのものが違法になったという意味ではない。認可を受けていた事業者が、その場所で対象の活動を続ける権限を失ったということである。再申請、是正、異議申し立てなどが可能かは、処分内容と現地法上の手続きによって決まる。
また、参加者の渡航書類が有効だったことと、施設の事業運営がすべて免許条件に適合していたことは別の問題である。入管調査で直ちに違反が確認されなくても、地方自治体が営業上の問題を認定する場合がある。
Web3Timesの視点
今回の出来事を、国家とネットワーク国家の思想対立だけで捉えると、実際の停止理由を見失う。重要なのは、共同体がどの土地を使い、どの法人が契約し、何の免許で宿泊、教育、仕事、イベントを提供していたかである。
デジタル共同体は、参加者募集や資金形成では国境を越えられる。しかし、物理拠点では施設用途、営業許可、在留資格、安全基準を地域ごとに満たさなければならない。オンラインで分散化された組織でも、土地に関する権限は地方行政へ集中している。
今後確認すべきなのは、イスカンダル・プテリ市議会が認定した具体的な不適合事項、ネットワーク・スクール側が処分へ異議を申し立てるか、参加者の居住と契約がどのように整理されるかである。マレーシアで予定されていた追加投資が正式に撤回されるのか、別地域へ移されるのかも焦点となる。
ネットワーク国家型プロジェクトが持続するには、国家から距離を置く物語より、自治体との契約、施設免許、税務、入管管理を再現可能な形で整えることが必要になる。今回の閉鎖は、デジタル上の共同体形成が進んでも、現実の拠点運営では土地と許可を管理する制度が最終的な停止権限を持つことを示している。
