Last Updated on 2026年8月27日 by oba3
米暗号資産業界団体のブロックチェーン協会(Blockchain Association)が、ステーブルコイン発行体に課す本人確認義務を、発行・償還などの直接的な顧客関係を超えて二次流通へ広げることに反対した。米当局が検討している顧客識別プログラムでは、現時点の提案は発行体と利用者が直接関係を持つ一次市場を中心としているが、当局はP2P送金など二次市場まで対象を広げるべきか意見を求めている。焦点はAML対策を行うか否かではない。ステーブルコインが発行体の管理を離れた後も、送金するたびに発行体が利用者の身元確認を担うのかという責任範囲の線引きだ。
何が起きたのか?
ブロックチェーン協会は2026年8月21日、金融犯罪取締ネットワーク(FinCEN)、通貨監督庁(OCC)、連邦準備制度理事会(Federal Reserve Board)、連邦預金保険公社(FDIC)、全米信用組合管理庁(NCUA)による共同規則案へ意見書を提出した。規則案はGENIUS法に基づき、認可された決済用ステーブルコイン発行体を銀行秘密法上の金融機関として扱い、顧客識別プログラムの整備を求めるものだ。
提案では、発行、交換、償還、買い戻し、カストディーなど、発行体が利用者と直接関係を持つ取引を一次市場と整理している。一方、自己管理ウォレットから店舗への支払い、取引所での交換、利用者同士のP2P送金など、発行体が取引当事者にならずスマートコントラクトだけが動く活動は二次市場と位置付けた。現在の規則案では二次市場の利用者は原則として発行体の顧客とはされないが、当局は本人確認義務を二次市場へ拡張すべきかについて意見を募集していた。
一次市場の顧客については、口座開設前に氏名、生年月日または法人設立日、住所、識別番号などを取得し、書類またはその他の方法で本人確認する仕組みが提案されている。ブロックチェーン協会はこうした直接顧客への本人確認には賛成する一方、その義務を発行済みステーブルコインの二次流通まで広げないよう求めた。
なぜ重要なのか?
ステーブルコインの特徴の一つは、一度発行されれば利用者が発行会社へ毎回アクセスしなくてもウォレット間で移転できることにある。ブロックチェーン協会は、通常のP2P取引では送信者が取引へ署名し、ネットワークのバリデーターが処理するため、発行体には取引当事者との契約関係も資産の保管権限もなく、送金前に本人確認する技術的な立場にもないと主張している。
当局自身も、ステーブルコイン取引の約99%が二次市場で発生すると試算している。本人確認の対象をここまで広げれば、規制の影響は発行会社の口座開設手続きにとどまらない。日常的なウォレット送金やオンチェーン取引をどのような条件で実行できるかという、ステーブルコインの基本的な利用形態に関わる。
市場構造への影響
この議論で問われているのは、本人確認を金融システムのどこに置くかだ。銀行では口座を開く顧客を銀行自身が確認する。ステーブルコインでも発行や直接償還を利用する顧客なら同じ考え方を適用しやすい。しかし発行後のトークンは、発行体を経由せず多数のウォレットや取引所を移動する。
仮に発行体へ二次流通の本人確認責任まで求めれば、送金可能なアドレスを事前登録する仕組みや、本人確認済みウォレットだけを許可する設計などが必要になる可能性がある。そうなればステーブルコインは、保有者同士が直接移転できるデジタル現金に近い構造から、発行体や認証基盤の許可を介する決済ネットワークへ近づく。一方、現在の提案通り一次市場に限定すれば、発行・償還の入口では本人確認を行い、その後の流通では公開ブロックチェーンの移転性を残す二層構造になる。
資金・規制・流動性との関係
本人確認範囲は流動性にも関係する。ステーブルコインは取引所、DeFi、越境送金、企業決済など複数の市場を移動することで同じドル建て流動性を共有できる。送金先ごとに新たな本人確認や発行体の承認が必要になれば、資金移動の速度や参加可能な市場が制限される可能性がある。
一方で、二次市場にはマネーロンダリングや制裁回避への対応という課題が残る。今回の論争は、その対策をなくすかではなく、発行体、取引所、カストディアン、その他の規制事業者のどこへ義務を置くのが実務上機能するかという役割分担の問題だ。ブロックチェーン協会は、発行体が直接管理できる発行、償還、法定通貨への交換といった集中点で本人確認を行う方が適切だとしている。
初心者向け補足
KYCは、金融サービスを利用する人物や企業の身元を確認する手続きだ。今回の規則案では、ステーブルコイン発行会社へ直接口座を開く利用者について、氏名や住所などを確認する制度が検討されている。
重要なのは、ステーブルコインを持っているすべての人が発行会社の顧客とは限らないことだ。例えば取引所でステーブルコインを購入し、自分のウォレットから友人へ送金した場合、発行会社と直接契約したことがないケースもある。今回の議論は、そうした利用者まで発行体が本人確認すべきかを巡るものだ。
Web3Timesの視点
このニュースを業界団体がKYCに反対した話として読むのは正確ではない。ブロックチェーン協会は発行体と直接関係を持つ顧客への本人確認制度を支持している。対立しているのは、その責任をトークンが発行体を離れた後のP2P流通まで伸ばすかという境界線だ。
ステーブルコインが金融インフラとして広がるほど、この境界は重要になる。銀行預金のように運営者がすべての移転を管理するのか、それとも現金に近く、一度発行された後は利用者同士が直接移転できる資産として残すのかで、決済市場の設計は大きく変わる。
現時点では米当局も二次市場への本人確認拡大を正式決定しておらず、現在の提案は一次市場に限定している。今後見るべきなのはKYCが強化されるかという単純な方向ではない。発行体の責任がどこで終わり、取引所やウォレットなど別の参加者の責任がどこから始まるのか。その線引きが、規制されたステーブルコインが公開ブロックチェーン上の移転性を維持できるかを左右する。
